未来は光、それは夢。
未来は光で満ちている。それは希望に溢れた夢の世界だ。
未来を「光」とか「希望」とかで表現することは愚かしいことだと考える。
未来の最終地点は死、そして絶望である。
必ず死ぬ未来は光、必ず死ぬ未来は希望。
死という恐怖から逃れる為のいい訳、都合のいい解釈。
理解することを先送りにしただけ、どうして?怖いからだろ?
生きる為にはまず必要なものは何か、水?食料?
いいや、お金だね。
金が無ければ生きる事など出来はしない、たとえ水や食料があってもだ。
金銭が世の中全てを支配していて、金銭の問題で自ら死を選ぶ者もいる。
光や希望とは金銭であり、地を這う生活をしているものは好んで光や希望を求める。
いい加減理解したらどうだろう、欲しいものは金、それ以外何もない事を。
愛は金では買えないらしいのだ。
何を基準に愛と定義するのかは私には分からないのだが、表面だけの愛は金でも買える。
拒む者への服従、金さえあればどうということは無い、恐怖は愛をも上回る感情だ。
たとえそれが死に至ろうとも不可能ではない。
何故金で買えないと言われるのだろう。
理由は簡単だ、見合う程の金を持っていないからだ。
夢を見る。
しかし永遠は不可能であり、望めど早く過ぎる日々への焦燥は徐々に恐怖を溜めこむ。
恐怖は金で買うものではない、買わずとも訪れるものだ。
最期の日、私はどのような顔で過ごしているのだろうか。
私の未来は光や希望で溢れていないだろうか。
私は何も望まない。




