满城风雨(まんじょうふうう)
满城风雨
原文
从中层以上社会至国民党右派,无不一言以蔽之曰:“糟得很。”即使是很革命的人吧,受了那班“糟得很”派的满城风雨的议论的压迫,他闭眼一想乡村的情况,也就气馁起来,没有法子否认这“糟”字。
中流社会以上の人から国民党右派までのものは、だれもかも、「むちゃくちゃだ」という一言できめつけていた。たとえ非常に革命的な人でも、「むちゃくちゃだ」という連中のてんやわんやの論議に圧倒され、目をとじて農村のありさまを思いうかべろと、つい弱気になって、この「むちゃ」ということばを否定できないでいた。
《湖南省農民運動の視察報告》
単語の意味は「(多く好ましくない)うわさが至るところに広まって物議を醸す。」なこと。
「満城風雨」という成語は「冷斎夜話」に由来する。宋代の詩人である潘大臨の書いた手紙の中にこう書かれている。「秋になり目にする景色は、どれもこれも素晴らしい詩句になりそうなものばかりである。昨日、のんびりと横になっていたところ、林を揺らす風雨の音が聞こえてきた。嬉しくなって起き上がり、壁に」満城の風雨 重陽に近し」と書きつけました。しかし、そこへ突然とり立て人がやってきて興が冷めてしまい、この一句きりとなってしまいましたので、そのままお送りいたします。」
この手紙の中で、詩人は友人に対し、ある秋の日にのんびり横になっていたところ、突然窓の外で風雨が木々を打ち付ける音が聞こえてきて、嬉しくなって詩興が湧き、筆を執って詩を書き始めたと伝えている。しかし、「満城の風雨 重陽に近し」という最初の一句を書き上げたところで、突然とり立て人が押し入ってきたために詩興が削がれてしまい、結局この一句だけで終わってしまったというのである。
「満城風雨」という言葉は、ある出来事が起きた後に瞬く間に世間の大評判となり、誰もが口々に噂して、あちこちで議論が沸き起こる様子の比喩として使われている。
毛主席は、この「満城風雨」という言葉を引用して、農民が郷里で反乱を起こし、紳士(地主や知識人などの支配階級)たちの心地よい眠りを揺るがした様子を説明した。郷里での知らせが町に伝わると、町の紳士たちはすぐさま大騒ぎし、あらゆる人々が農民運動について議論を交わした。ここで毛主席は、農民運動を「むちゃくちゃだ」とする反革命的な理論を批判したのである。




