为富不仁(富を為せば仁ならず)
为富不仁(富を為せば仁ならず)
原文
第二部分是在经济上大体上可以自给的。这一部分人比较第一部分人大不相同,他们也想发财,但是赵公元帅总不让他们发财,而且因为近年以来帝国主义、军阀、封建地主、买办大资产阶级的压迫和剥削,他们感觉现在的世界已经不是从前的世界。他们觉得现在如果只使用和从前相等的劳动,就会不能维持生活。必须增加劳动时间,每天起早散晚,对于职业加倍注意,方能维持生活。他们有点骂人了,骂洋人叫“洋鬼子”,骂军阀叫“抢钱司令”,骂土豪劣绅叫“为富不仁”。
第二の部分は、経済的にはだいたい自分の生活をまかなえる人びとである。この部分の人びとは、第一の部分の人びととは大いにちがう。かれらも金もうけはしたいが、趙公さまがどうしてももうけさせてくれない。そればかりか、近年らい、帝国主義、軍閥、封建地主、買弁大ブルジョア階級の抑圧と搾取によって、かれらはいまの世の中がもはや昔の世の中ではないと感じている。そして、いまでは、これまでどおりに働いていただけでは、生活が維持できなくなると感じている。生活を維持するためには、働く時間をのばして、まいにちはやくおき、おそくまで働き、仕事にいっそう心をそそがなければならない。かれらも、いくらか人をののしるようになり、外国人を「洋鬼」とののしり、軍閥を「強盗司令官」とののしり、土豪劣紳を「血も涙もない業突張りしとののしる。」
《中国社会各階級の分析》
注:「土豪」は地方豪族のこと。 「劣紳」は下品で卑しい紳士ということから、地主や資産家を軽蔑して呼ぶ名称。地方での地主階級の政治的代表者で(富農のなかにも、しばしば比較的小さい土豪がいる)、権力機構をあやつり、裁判権を一手ににぎり、腐敗しきって、汚職や悪事のかぎりをつくし、人民をしいたげていた。
「為富不仁(富を為せば仁ならず)」という言葉は『孟子・滕文公上』に由来する。孟子は「仁政」を唱えた人物であり、そのため仁政を説く者を極めて高く評価していた。滕文公が国家の統治について孟子に尋ねた際、孟子は国を治めるための多くの方法を語りました。そして最後に、魯国の正卿(最高政務官)であった季氏の家臣、陽虎の言葉である「富を為せば仁ならず、仁を為せば富まず(富を築こうとすれば人民に仁愛を注ぐことはできず、仁愛を注ごうとすれば富を築くことはできない)」を引用し、大いに称賛したのです。その意味するところは、「財を成して富裕になるためには、人民に対して仁愛を持って接することはできない。逆に、仁愛を重んじるならば、財を成して富裕になることはできない。財を成して富裕になるということは、人民に対する残酷な搾取の結果にほかならない」ということである。
毛主席が引用した、農民たちが土豪や劣紳を罵った「為富不仁」という言葉が指しているのも、まさにこうした富裕層、すなわち「搾取階級」のことである。彼らの心は極めて冷酷で無情であり、その財産はすべて最も残忍な手段で労働人民から搾取したものである。したがって、労働人民が革命という手段を用いて「搾取者を剥奪する(奪われたものを取り戻す)」ことは、理の当然(当然の権利)なのである。




