附庸(ふよう)
附庸
原文
地主阶级和买办阶级。在经济落后的半殖民地的中国,地主阶级和买办阶级完全是国际资产阶级的附庸,其生存和发展,是附属于帝国主义的。
地主階級と買弁階級。経済的におくれている半植民地の中国では、地主階級と買弁階級は完全に国際ブルジョア階級の従属物であり、その生存と発展は帝国主義に依存している。
《中国社会各階級の分析》
注:ふるい中国では、外国の資本家は、一部の中国人をやとって、経済侵略をやるための代理人にしていた。これらの代理人は「買弁」とよばれていた。買弁階級は、直接帝国主義に奉仕し、それに養われているブルジョア階級であり、かれらは、封建勢力とありとあらゆる線でつながりをもっていた。
「附庸」の出典は「孟子・万章下」である。「天子の制地方千里を公侯は皆方百里、伯は七十里、子男は五十里,凡て四等。五十里なること能はずして天子に達せずして諸侯に附くを附庸と曰ふ。」からきている。また「礼記・王制」にもみられる。
戦国時代、衛国の大夫である北宮が孟子に周朝の爵位制度について尋ねたことがあった。孟子はこのように答えた。「(諸侯に)忌み嫌われたそれらの制度に関する文献は破棄されてしまったため、詳細な状況はもう分からなくなった。しかし、私も大まかには耳にしている。周朝が制定した階級制度は、天子、公、侯、伯、そして子・男の5つの等級に分かれていた。天子が直轄する領地は縦横1000里、公と侯はそれぞれ100里、伯は70里、子・男は50里であった。領地が50里に満たない小国は、天子と直接的な関係を持つことができず、諸侯に附属していた。これを『附庸ふよう』と呼ぶ」。
「附庸」という言葉は、もともとは地方の小国が諸侯に附属・従属していることを意味し、経済、軍事、政治のいずれにおいても独立自国を保てない状態を指していた。現代における「附庸国」とは、帝国主義の支配下にあり、独立していない国々のことを指す。
毛主席(毛沢東)はここで、中国の地主階級や買弁ばいべん階級(訳注:外国資本と結託した売国的な中間搾取階級)を説明するために、この「附庸」という言葉を用いた。彼らは国際ブルジョワジーに依存しなければ生きながらえることができず、常に帝国主義の側に立つ、極端な反革命派である。
帝国主義と結託したすべての軍閥、官僚、買弁階級、大地主階級、および彼らに附属する一部の反動的知識人層こそが、我々の革命の打倒対象であったのである。




