不自量(身の程を知らない)
原文
世上最可笑的是那些“知识里手”,有了道听途说的一知半解,便自封为“天下第一”,适足见其不自量而已。
世の中でいちばんこっけいなのは、「もの知り屋」たちが、ききかじりのなまはんかな知識をもって、「天下第一」だと自認していることであり、これこそ身のほどを知らないことのよいあらわれである。
《実践論》
「不自量(身の程を知らない)」、すなわち「不自量力(自分の力をわきまえない)」という成語は、「左伝・隠公十一年」にその出典がある。「息侯、鄭を伐つ。鄭伯、與に竟に戦ふ。息の師、大いに敗れて還る。君子、是を以て、息の将に亡びんとすることを知る。德を度らす、力を量らず、親を親しまず、辭を徹せず、有罪を察せず、五の不顚を犯して以て人を伐つ。其の師を喪ふや、亦宜ならずや。(鄭と息とが約束の行き違いを来し、息侯が鄭を討った。鄭伯は防ぎ、国境で戦い、息の軍が大敗して帰った。君子はこの事 件で息の滅びかかっていることを知り、こう言った、「己の徳を計らず、力をわきまえず、親類と争い、約束のことばを十分に調べず、どちらに罪があるかを確かめない。この五つの過ちを犯しておいて人を討つとは。――その軍を失ったのは、なんと当然ではないか」)」
春秋時代(紀元前712年)、息という国はもともと非常に弱小であったにもかかわらず、自分よりも強大な鄭国に対して無理に戦争を仕掛けました。息の侯は、この行動が正しいかどうか、あるいは自国の力で勝てるかどうかなどを全く考慮しなかったため、大敗を喫した。その失敗はあまりにも当然の結末だった。「不自量力」という成語は、この文中の「力を量らず」という言葉から変化して生まれたものである。
また、唐代の文豪・韓愈の詩にも「蚍蜉大樹を揺るがす、笑うべし自ら量らざるを(大アリが巨木を揺り動かそうとするようなものだ、自分の力をわきまえない様子は滑稽でさえある)」という有名な一節がある。
このように、「不自量」とは「自分の実力を正しく推し量ることができない」という意味であり、現在では、己を過信して身の程に合わない行動をとる人への「皮肉や諷刺」として広く使われている。




