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别无长物 (よけいなものが何もないさま.非常に貧しい様子)

原文

都市苦力工人的力量也很可注意。以码头搬运夫和人力车夫占多数,粪夫清道夫等亦属于这一类。他们除双手外,别无长物,其经济地位和产业工人相似,惟不及产业工人的集中和在生产上的重要。

 都市の苦力労働者の力も大いに注目すべきである。波戸場の荷役人夫と人力車夫がその多数をしめ、汲みとり人夫、道路掃除夫などもこの部類にふくまれる。かれらは二本の手のほかには、なに一つもたず、その経済的地位は産業労働者に似ているが、ただ産業労働者ほどの集中性も、生産上の重要性もない。

《中国社会各階級の分析》


「別無長物(よけいなものが何もないさま.非常に貧しい様子)」という成語は、南北朝時代に劉義慶が編纂した『世説新語』の「徳行」篇に収められたある物語に由来する。


東晋の時代、王恭という人物がいた。彼は皇帝のもとで高官を務め、太子の師でもあった。 ある時、王恭は竹の特産地である会稽(現在の浙江省紹興)から都の建康(現在の南京)へ戻った。友人の王忱が彼を訪ねてやってきた。王忱は、王恭が座っている六尺ほどの大きな竹のむしろが非常に心地よく美しく見えたため、王恭に向かって「竹の名産地から帰られたのだから、このような良い席(座布団・むしろ)をきっとたくさんお持ちでしょう。一領(一枚)私に譲っていただけませんか」と言った。王恭はその場では何も言わなかった。 王忱が辞去した後、王恭は自分が座っていた竹のむしろを彼のもとに届けさせた。実は、王恭はこの竹のむしろを一枚しか持っておらず、人に譲ってしまったため、自分は草の席に座るしかなかったのである。 後にこの事情を聞いた王忱は非常に驚き、王恭にこう言った。「お持ちの竹のむしろが余るほどたくさんあると思いおねだりしたのですが、まさかこれ一枚しかなかったとは思いもしませんでした」 王恭は「あなたは私のことを分かっていませんね。私、王恭にはもともと余分な物(長物)などないのです」と答えた。


「別無長物」は「無長物」から派生した言葉である。この成語は元来、官吏が清廉潔白であることを指していたが、のちに生活が貧しく、何ひとつ所有していない様を表すようになった。


毛主席が先ほどの文章でこの成語を引用したことは、当時の都市の苦力(クーリー)労働者の貧しい経済状況を非常に正確かつ適切に反映している。彼らは帝国主義、封建主義、官僚資本主義という『三つの大きな山』に搾取され、まさに自分の両手以外には一無所有であった。


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