灭此朝食(敵を討ち滅ぼしてから朝食をとる・朝飯前に片付ける)
原文
因为国际和国内的环境已经起了变化,而且会有更大的变化要到来,可以说我们已经脱离了过去的那种慢慢发展的孤军作战的景况。然而不应该打算明天就会成功。“灭此朝食”的气概是好的,“灭此朝食”的具体计划是不好的。因为中国的反动势力,是许多帝国主义支持的,国内革命势力没有聚积到足以突破内外敌人的主要阵地以前,国际革命势力没有打破和钳制大部分国际反动势力以前,我们的革命战争依然是持久的。
国際的、国内的環境には、すでに変化がおきており、しかも、もっと大きな変化がやってこようとしているので、われわれは、すでにいままでのような発展のゆるやかな孤軍作戦の状態からはぬけだしたといえるのである。だからといって、あすにも成功するものと期待してはならない。「朝めし前にかたづける」という気概はよいが、「朝めし前にかたづける」という具体的な計画はよくない。なぜなら、中国の反動勢力は、多くの帝国主義によって支持されており、国内の革命勢力が内外の敵の主要な陣地を突破できるまでに集積されないうちは、また国際革命勢力が国際反動勢力の大部分をうちやぶり、それを牽制しないうちは、われわれの革命戦争は依然として持久的だからである。
《中国革命戦争の戦略問題》
「滅此朝食(これ(敵)を滅ぼして朝食にせん)」という言葉は、「左伝・成公二年」が出典である。春秋時代、斉国が次第に強大化していく一方で、魯国と衛国はいまだ弱小であったため、斉の頃公は兵を起こして魯・衛の両国を攻めた。魯・衛の両国はすぐに晋国に救援を要請した。紀元前589年、晋は郤克将軍に兵を率いさせて救援に向かわせ、ここに歴史上有名な「鞍の戦い」が勃発しました。
戦場において斉の頃公は敵を軽視し、傲慢に構え、「余姑くこれを翦滅して朝食せん」と言い放った。これは「我々はまず敵を消滅させてから、戻って朝食をとることにしよう」という意味である。この思想に囚われた彼は、まだ準備も整っていない戦馬に慌ててまたがり、敵への突撃を命じました。これとは対照的に、晋軍の将領である郤克は陣頭に立って敵を倒し、負傷しても退かず、兵士たちの士気も高揚して力戦した。その結果、斉軍は完膚なきまでに叩きのめされ、惨敗して退却したのである。
「滅此朝食」という成語は、後世の人々がこの「余姑翦滅此而朝食」という言葉を縮めて定着させたものである。その意味は、「ただちに敵を消滅させようとする断固たる態度」を指すと同時に、「敵を一定程度軽視し、厳粛かつ真剣に向き合っていない思想」をも内包している。
毛主席がこの「滅此朝食」という成語を引用したのは、われわれに戦略を教えるためであった。すなわち、「敵を断固として消滅させようという意志は素晴らしいが、中国革命の具体的な状況に対しては具体的分析を行うべきであり、それによって中国革命戦争の持久性を認識しなければならない。短期決戦(速戦速決)の戦略方針をとってはならない」ということです。中国革命は、長期にわたる、困難で複雑な闘争を経て、絶えず敵を消滅させ、自軍を強大化させてこそ、初めて革命の最終的な勝利を収めることができる。中国革命の勝利という実践が、この真理を証明したのである。




