以逸待劳(いいつたいろう、逸を以て労を待つ)
原文
这种时候,敌军虽强,也大大减弱了;兵力疲劳,士气沮丧,许多弱点都暴露出来。红军虽弱,却养精蓄锐,以逸待劳。
こうなったときには、敵軍は強くても、大いに弱まっており、兵力は疲労し、士気は阻喪して、多くの弱点をみな暴露してくる。赤軍は弱くても、鋭気をやしない力をたくわえ、休息をえて疲労した敵を待つことになる。
《中国革命戦争の戦略問題》
「以逸待労(いつをもってろうをまつ・逸を以て労を待つ)」という言葉は、「孫子兵法・軍争篇」の以下の文章に由来する。「近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。此れ力を治むる者なり。(近距離で遠方の敵を待ち、休息した状態で疲れた敵を迎え、飽食した状態で飢えた敵と戦う。これが「力を制する(治力)」戦略である。)」
これは、戦争において「自軍を戦場の近くに配置して遠方からやってくる敵を待ち、自軍を十分に休養させて奔走し疲弊した敵を待ち、自軍を飽食させて飢えている敵を待つ」という意味である。これらは、軍の戦闘力を管理することで敵に対応し、勝利を収めるための方法である。
毛主席がこの成語を引用したのは、第三次反囲剿作戦の時期における軍事冒険主義の「左」傾誤り路線に反対するためであった。これにより、正しい積極的な「戦略的退却」および「敵を深く誘い込む」という戦略方針を明示したのである。




