春秋无义战(しゅんじゅうにぎせんなし)
原文
古人说:“春秋无义战。”于今帝国主义则更加无义战,只有被压迫民族和被压迫阶级有义战。全世界一切由人民起来反对压迫者的战争,都是义战。・・・在目前的全中国抗日高潮和全世界反法西斯高潮中,义战将遍于全中国,全世界。
昔のひとは「春秋に義戦なし」といったが、いまの帝国主義にはなおさら正義の戦争はなく、ただ、被抑圧民族と被抑圧階級にだけ正義の戦争がある。人民が立ちあがって抑圧者とたたかう全世界のすべての戦争は、正義の戦争である。・・・当面の全中国における抗日の高まりと全世界における反ファシズムの高まりのなかで、正義の戦争は全中国、全世界にひろがるだろう。
《日本帝国主義に反対する戦術について》
「春秋無義戦(春秋に義戦なし)」という言葉は、『孟子・尽心下』に由来します。孟子は日頃から弟子たちとさまざまな問題について議論を交わしていたが、ある日、弟子の公孫丑が梁の恵王について尋ねたとき、孟子は「梁の恵王は極めて不仁である」と言った。なぜなら、仁者は自分が愛する人への情愛を、自分が愛していない人にまで広げて施すことができるのに対し、不仁者は自分が嫌悪し嫌がるものを、自分が愛する人にまで押し付けるからである。
公孫丑はこの言葉を聞いても意味が理解できませんでした。そこで孟子は次のように説明しました。「梁の恵王は領土を奪い合うために、自分が愛してもいない一般の領民を戦争へと駆り立て、彼らの肉や骨を戦場に散らせた。そして、戦いに敗れると再び戦おうとし、今度は勝てないかもしれないと恐れて、自分が愛する我が子や若者たちまでも戦場へ駆り立てたのだ。これこそが、自分の嫌がるものを自分が愛する人にまで押し付けるということである。」
続けて孟子は、「春秋に義戦なし」と述べた。その意味は、春秋時代には各国が領土を奪い合うために互いに混戦を繰り返しており、正義の戦争など一つもなかった、ということを言っている。
マルクス・レーニン主義は一貫して、戦争を「正義の戦争」と「非正義の戦争」の二つの性質に区分し、それぞれの性質の戦争に対して異なる態度をとってきた。毛主席は「すべて、正義の戦争はたがいにたすけあうものであり、不正義の戦争は正義の戦争に転化させなければならないものである。これがレーニン主義の路線である。」と我々に教えている。




