为渊驱鱼,为丛驱雀((カワウソが)魚を食べたいのに魚を川の深みに追い込んでしまい、(タカが)スズメを食べたいのにスズメを草むらに追い込んでしまう・味方に引き入れるべき人を敵に回してしまう)
原文
日本帝国主义决定要变全中国为它的殖民地,和中国革命的现时力量还有严重的弱点,这两个基本事实就是党的新策略即广泛的统一战线的出发点。组织千千万万的民众,调动浩浩荡荡的革命军,是今天的革命向反革命进攻的需要。
只有这样的力量,才能把日本帝国主义和汉奸卖国贼打垮,这是有目共见的真理。因此,只有统一战线的策略才是马克思列宁主义的策略。关门主义的策略则是孤家寡人的策略。关门主义“为渊驱鱼,为丛驱雀”,把“千千万万”和“浩浩荡荡”都赶到敌人那一边去,只博得敌人的喝采。
日本帝国主義が全中国を植民地に変えようときめていること、また、中国革命の現在の勢力がまだ重大な弱点をもっていること、この二つの基本的な事実が党の新しい戦術、すなわち広範な統一戦線の出発点である。何百何千万の民衆を組織し、津波のような革命の部隊をうごかすことは、こんにち革命勢力が反革命勢力を攻撃するために必要なことである。日本帝国主義と民族裏切り者、売国奴をうちたおすことができるのは、このような勢力以外にない。これはだれにもわかる真理である。だから、統一戦線の戦術だけが、マルクス・レーニン主義の戦術である。閉鎖主義の戦術は一人天下の戦術である。閉鎖主義は「魚を深みに追いこみ、すずめを茂みに追いこみ」「何百何千万の民衆」と「津波のような革命の部隊」をみな敵の側に追いやるもので、敵の喝采をうけるだけである。
《日本帝国主義に反対する戦術について》
「為淵駆魚、為叢駆雀(淵のために魚を駆り、叢のために雀を駆る)」という言葉は、『孟子・離婁上』にある「故えに淵の為に魚を驅る者は獺なり、叢の為に爵を駆かる者は鹯なり、湯武の為に民を駆る者は桀と紂となり。」という一節に由来する。
これは孟子が国の治め方を論じ、夏の桀王や殷の紂王が天下を失った原因について語った言葉である。孟子は、天下を得ようとするならば、必ず民心を得なければならないと指摘し、桀や紂が天下を失ったのは、彼らが民心を失い、人民の支持を失ったからであると論じた。それはまるで、深い池(淵)のために魚を追い込んでやるのが水獺であり、茂った森(叢)のために鳥や雀を追い込んでやるのが鸇であるのと同じように、商の湯王や周の武王のために人民を(彼らのもとへ)追い込んでやったのは、ほかならぬ暴君である夏の桀王と殷の紂王だったのだ、ということである。
「為淵駆魚、為叢駆雀」はここから生まれた言葉であり、「他人のために、結果として自分に害となるようなことをしてやる」という意味を持っている。
毛主席は「為淵駆魚、為叢駆雀」という言葉を比喩として用い、閉鎖主義の誤りを犯した同志たちが、「いく千万」もの革命の隊列を敵の側へと追いやってしまっていることを批判しました。このような行為は、日本帝国主義とその手先を利するだけであり、敵の勢力を強大にさせることであって、それこそ敵が歓迎するところである。毛主席はここで我々に対し、日本帝国主義に打ち勝つためには、閉鎖主義に反対し、広範な民族革命統一戦線を構築しなければならないと教えているのである。




