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大谬不然(だいびゅうふぜん・間違いも甚だしい)

大谬不然(だいびゅうふぜん・間違いも甚だしい)

原文

因为下级干部死伤太多,敌军俘虏兵往往过来不久,就要当连排长;・・・从表面看,似乎既称红军,就可以不要党代表了,实在大谬不然。

下級幹部の死傷があまりに多いので、敵軍の捕虜の兵士で編入されてまもないのに、すぐ中隊長や小隊長になることがよくあるからである。・・・表面的にみれば、赤軍といわれる以上、党代表はなくてもよいようであるが、それは実に大きなまちがいである。

《井岡山の闘争》


「大謬不然(実に大きな間違い)」という言葉は、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずる書)」が出典である。

司馬遷は漢の武帝の時代に生まれ、中国の歴史上極めて有名な歴史学者であり文学者ある。将軍の李陵が匈奴に投降した際、司馬遷は武帝の面前で彼を擁護したため、武帝の逆鱗に触れ、非常に残虐な刑罰である宮刑に処されてしまった。この一件以降、司馬遷は支配階級の残忍さと凶暴さを深く認識し、彼らに対して激しい憎しみを抱くようになったのである。

「報任少卿書」の中で、彼は胸の内にくすぶる抑鬱の情をぶちまけ、自らの無念を訴えました。自分は武帝の重用という恩義を被った身であり、本来なら心血を注いでその知遇の恩に報いるつもりであったが、あまりにも忠義が行き過ぎたために、かえって心身を打ち砕かれることになるとは万々思いもよらなかった、と述懐している。そして彼は憤りを込めて、「而事乃有大謬不然者夫(而れども事は乃ち大謬にして然らざる者 有るかな。)」と詩に記した。「天下の出来事というのは、あまりにも理不尽で奇妙であり、人の予想を大きく裏切るものだ」という意味である。

現在では、「大謬不然」という言葉は「とんでもない間違いである」「事実と大きくかけ離れていて、まったく理にかなっていない」という意味で用いられている。

毛主席が「大謬不然」を引用した目的は、一部の捕虜出身の兵士たちが「自分は紅軍の一員になったのだから、あるいは連隊長や小隊長になったのだから、もう党代表(政治指導員)など必要ない」と考えていたことに対し、「その理屈は完全に間違っており、荒謬極まりないものである」と痛烈に指摘することにあったのである。


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