代庖(だいほう)
代庖
原文
菩萨是农民立起来的,到了一定时期农民会用他们自己的双手丢开这些菩萨,无须旁人过早地代庖丢菩萨。・・・菩萨要农民自己去丢,烈女祠、节孝坊要农民自己去摧毁,别人代庖是不对的。
神仏の像は農民がまつったものだから、その時期がくれば、農民は自分たちの手で神仏の像をとりはらうだろう。はたのものがかわって、せっかちにとりはらう必要はない。・・・神仏の像は農民自身にとりのぞかせるべきであり、烈女や貞女をまつった祠や碑も農民自身にうちこわさせるべきである。はたのものがかわってやるのは、まちがいである。
《湖南省農民運動の視察報告》
「代庖」は、「越俎代庖(えっそだいほう・俎を越えて庖に代わる)」を縮めたものである。
「越俎代庖」は『荘子・逍遥遊』に由来する。伝承によると、古代に、許由という非常に聡明な隠者がいた。当時、堯帝は彼に帝位を譲ろうと考え、許由にこう言いました。 「太陽や月がすでに昇っているのに、まだ松明の火を燃やし続けているとしたら、その光を日月と競おうとするのは難しいことではないでしょうか。恵みの雨がすでに降っているのに、まだ人力で田畑に水を引いているとしたら、それは徒労ではないでしょうか。今、天は先生(許由のこと)を生み出されたというのに、私はまだこの地位に居座っており、深く恥じ入るばかりです。どうか、この天下の重任を先生にお託ししたいのです」これは堯帝の謙遜の言葉であり、自分の徳が薄く才能が乏しいため、天下を治める重任には耐えがたいと考え、帝位を許由に譲ろうとしたのである。これに対して許由はこう答えた。「あなた(堯帝のこと)が天下を治められ、天下はすでに立派に治まっています。それなのに、私があなたに代わってその任務に就くとしたら、私は名声を求めるというのでしょうか。そもそも虚名とは、実体に付随するものにすぎません。私は実体のない虚名を受け取ることなどできましょうか・・・」つまり、「あなたはすでに天下をこれほどよく治めているのに、なぜ私が代わる必要があるのですか。まさか私が虚名を追い求めるとでもいうのですか」という意味である。続いて許由は比喩を用いてこう言いました。 「庖人(料理人)がたとえ料理を作らなかったとしても、尸祝(ししゅく・祭祀を司る神主)が自分の担当である酒肉の器を飛び越えて、料理人に代わって料理をすることはありません」
「庖」とは厨房(台所)、「庖人」は料理人、「尸祝」は祭祀を掌る人、「樽俎」は祭祀の際に酒や肉を乗せる器具のことである。 この比喩の意味は、「料理人がたとえ厨房の仕事を完了させていなかったとしても、祭祀を掌る者が、自分の祭具を扱う仕事を越権してまで料理人の代わりに仕事をするようなことは決してない」ということである。許由はこの比喩を用いて、自分が堯帝に代わって天下を治めることはしないと説明し、堯帝からの譲位を毅然と拒絶したのである。
「代庖」という言葉はここから生まれ、「他人の仕事を代わりにやること」や「(他人の仕事を)一手に引き受けて肩代わりすること」を意味するようになった。
毛主席がここで私たちに教えているのは、あらゆる仕事において「大衆路線」を貫徹しなければならないということである。人民大衆に対する党の指導的役割とは、正しい政策を制定し、大衆の闘争の方向性を指し示し、大衆の自覚を啓発・向上させることにある。仕事においては大衆自身に手を動かさせねばならず、党が何から何まで一手に引き受けて代行してはならない。




