道不拾遗(道落ちたるを拾わず)
道不拾遗(道落ちたるを拾わず)
原文
事实上,贫农领袖中,从前虽有些确是有缺点的,但是现在多数都变好了。他们自己在那里努力禁牌赌,清盗匪。农会势盛地方,牌赌禁绝,盗匪潜踪。有些地方真个道不拾遗,夜不闭户。
事実、貧農の指導者のなかには、以前はたしかに欠点をもったものもいたが、現在では大部分がよくなっている。かれらは、みずからばくちの禁止や盗賊の一掃に努力している。農会が強くなったので、ばくちは跡をたち、盗賊は影をひそめている。ところによっては、それこそ、拾いものも着服せず、夜も戸じまりしない、というようになった。
《湖南省農民運動の視察報告》
「道不拾遺(どうふしゅうい / 道に落ちたるを拾わず)」は、『史記・商君列伝』に由来します。「・・・孝公は衛鞅を重用し、鞅は法を変革した。・・・之を行うこと十年、秦の民、大いに説ぶ。道に遺ちたるを拾わず、山に盗賊無く、家給し人足る(家々人々は皆生活が満ち足りた)。民は公戦に勇し、私闘に怯し、郷邑大いに治まる。」
秦の時代、孝公は衛鞅を深く信頼し、衛鞅は秦国で新しい法律を施行した。これが歴史上有名な「商鞅の変法」である。新法が施行されて十数年が経つと、秦国は豊かで公明正大な素晴らしい光景を見せるようになった。「道不拾遺」とは、当時の人々が厳しい刑罰を恐れて法を犯そうとしなかったため、誰かが道で落とし物をしても、それを拾って自分のものにする者がいなかった様子を指している。
毛主席がここで「道不拾遺」という言葉を引用したのは、農民革命が古い社会を打倒できるだけでなく、新しい社会を建設することも可能であり、旧社会のあらゆる悪習を一掃して、良好な社会風気を樹立できることを説明するためである。




