三人のヒロインと、的を射ない考察会議
魔王領へと続く街道の途中にある、宿場町。
今日は長旅の疲れを癒やすため、少し奮発して大きなお風呂がある宿を取った。
「ぐふふ……俺のステータス、また上がってるぜ……むにゃむにゃ」
夕食を終えたハルトくんは、ベッドにダイブするなり3秒で爆睡モードに突入した。相変わらず図太いというか、大物というか。
「さてと。女の子たちにはゆっくりお風呂に入ってもらって……私は冷たい飲み物でも用意しておこうかな」
私は宿の厨房を借りて、湯上がりにぴったりな果実水を作っていた。
三人とも、旅の疲れと緊張で少しピリピリしていたからね。この機会に、同世代の女の子同士で裸の付き合いをして、仲良くなってくれればいいんだけど。
そんなお節介な保護者目線で、私はお盆を持って脱衣所へと向かった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
湯気で満たされた大浴場では、三人の美少女たちが湯船に浸かりながら、なぜか深刻な顔でヒソヒソと円陣を組んでいた。
「……ねえ。あんたたち、あの『ヤエ』って女のこと、どう思ってるわけ?」
長い金髪をアップにまとめたエルヴィーラが、声を潜めて切り出した。
「どう、とは?」
アナスタシアが小首を傾げる。
「とぼけないでよね。ハルトのチートは確かに規格外だけど、あの女は別ベクトルで異常よ! 私の探索魔法の術式を、無詠唱かつ一瞬で書き換えたのよ!? あれはもしかしたら、世を忍ぶ『没落した天才魔導士』……なんじゃないかって、私は睨んでるのよ!」
エルヴィーラが声を潜めつつも、鼻息荒く自説を力説する。
しかし、お湯の中で膝を抱えていたフェリスが、獣耳をピクッと動かしてそれを否定した。
「……違う。エルフ、目ぇ腐ってる。ヤエは魔法使いじゃない」
「なっ、なんですって!?」
「ヤエは、姿を消した魔獣を一瞬で無力化した。殺気ゼロで。……もしかすると、裏社会のトップ。伝説の『暗殺者』かも。私、そんな匂いがする」
フェリスの言葉に、エルヴィーラが息を呑む。
「あ、暗殺者!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ。だとしたらなんでハルトのパーティーに……」
「お二人とも、的外れにも程がありますわ」
エルフと奴隷少女の議論を、アナスタシアが冷ややかな声でぶった斬った。
「魔法? 暗殺? 下世話ですわね。ヤエの見せた完璧な作法と、歴史の闇に消えたはずの『古代言語の祈り』……あれはひょっとして、初代聖女の血を引く『幻の高位貴族』の末裔……という線が濃厚ですわ! お父様(国王)の陰謀を逃れ、辺境に身を隠しているのかもしれません!」
三者三様。
自分の信じる世界(魔法、生存本能、信仰)のフィルターを通した結果、ヤエの正体に対する推論は完全に真っ三つに割れていた。
「高位貴族!? ばっかじゃないの、あんなのほほんとした顔の貴族がいるわけないでしょ! 絶対に天才魔導士よ!」
「……暗殺者。逆らうと、首飛ぶ」
「いいえ、王家の血筋ですわ! わたくしの目は誤魔化せません!逆らったらクビが飛ぶかもしれません!」
バチャバチャとお湯を跳ね飛ばしながら、一歩も譲らない三人。
だが、白熱した議論の末、彼女たちは一つの『恐ろしい矛盾』にぶち当たった。
「……ちょっと待って。もし、あんたたちの言うことが全部本当だとしたら?」
エルヴィーラが青ざめた顔で呟く。
「魔法の深淵を知り尽くし、気配を完全に消して魔獣を倒し、古代言語と完璧な礼儀作法を身につけている女……ってことにならない?」
その言葉に、アナスタシアとフェリスもハッとして顔を見合わせた。
「そ、そんな人間、存在し得るはずがありませんわ……! まるで、神話の時代から全ての叡智を蓄積し続けてきたような……」
「……ヤエ、バケモノ……?」
大浴場に、ゴクリと唾を飲み込む音だけが響く。
「ど、どうするのよ。ハルトは完全にあの女に手玉に取られてるわ。私たちで監視しないと、いつか寝首を掻かれるかも……!」
「……ヤエ、敵に回すの、無理。クッキー美味しいし」
「ええ……ハルト様をお守りするためにも、そしてあの女の真の目的を暴くためにも、わたくしたちが連携して監視の目を光らせるしかありませんわね……!」
見当違いも甚だしい推論の末に、三人は謎の団結力を発揮して固く手を握り合ったのだった。
◇ ◇ ◇
「おーい、みんな。そろそろ出ないと――」
ガラッ、と私が浴場の扉を開けた瞬間。
「「「…………!!」」」
お湯に浸かっていたヒロイン三人が、弾かれたようにこちらを一斉に振り向いた。
そして、なぜか親の仇でも見るかのような、でもどこか怯えたような、凄まじく真剣な眼差しで私を凝視してくる。
「……えっと? どうしたの、三人ともくっついて」
「な、なんでもないわよ! あんたには関係ないでしょ!」
「……ヤエ、隙がない」
「わたくしたちの絆は、誰にも引き裂けませんわ!」
(うん? なんだかよく分からないけど、一緒にお風呂に入って絆が深まったみたいだね。良かった良かった)
私は首の後ろをトントンと叩きながら、お盆に乗せたグラスを掲げた。
「お風呂上がりに、冷たい果実水を作ってみたんだけど。飲む?」
「「「……飲む(わ/ですわ)!」」」
色々と言い争っていた割に、三人はあっさりと湯船から上がり、私が用意した果実水に食いついた。
「美味しいっ! これ、どうやって作ったのよ!?」
「……ヤエ、すごい。甘い」
「この絶妙な酸味……やはりただ者ではありませんわね……!」
果実水を飲む間も、三人はチラチラと私の顔を盗み見ては、ヒソヒソと何かを囁き合っている。
なんだかすごく監視されている気がするけど……。
「……ま、いっか。仲良きことは美しきかな、だね」
私は能天気に笑いながら、まだ見ぬ魔王領への旅路に思いを馳せるのだった。




