エルフのプライドとまさかの疑念
「森の息吹よ、我が声に応え、隠されし真実の道を示しなさい――!」
鬱蒼と茂る森の中で、エルヴィーラが高らかに呪文を詠唱する。
彼女の持つ杖の先端に、複雑な幾何学模様を描く『探索の魔法陣』が浮かび上がった。
「おおーっ、なんかキラキラしててすげーッスね!」
「ええ、とても美しい魔力の光ですわ」
ハルトくんとアナスタシアが感嘆の声を漏らす。
だが、後ろで荷物持ちをしている私の目には、その魔法陣がまるで『時限爆弾』のように見えていた。
(あーあ、やっぱり。第二節の魔力経路がねじれてる。このままだとあと一分も持たず魔法陣が暴発して、エルヴィーラの綺麗な金髪がチリチリのアフロになっちゃう)
それは、彼女のせいではない。
この時代の魔法体系そのものが、長い年月を経て劣化し、欠陥を抱えてしまっているのだ。
とはいえ、ドヤ顔で詠唱している彼女のプライドを折るわけにはいかない。
「……ま、いっか」
私は誰にも気づかれないように小さく息を吐き、わざとらしく足をもつれさせた。
「あっ、きゃっ!」
「ちょっと、急に何よ――って、きゃあっ!?」
私は派手に転ぶふりをして、エルヴィーラの背中に軽くぶつかった。
そして、彼女がバランスを崩したほんの0.1秒の隙に。
私の右手の人差し指が、魔法陣の中心にある『マナの結び目』を、目にも留まらぬ速さでピンッ、と弾いた。
無詠唱。ただ物理的に魔力の糸を解き、正しい配列へと一瞬で『書き換え』を行う。
直後。
ピィィィィィンッ……!!
エルヴィーラの杖から、澄み切った鐘の音のような涼やかな音が響き渡り、淡い緑色の波紋が森全体へと広がっていった。
暴発寸前だった濁った光は消え去り、完璧に最適化された探索魔法が発動したのだ。
「す、すげー! エルヴィーラ、マジで天才じゃん!」
ハルトくんが大興奮で指を差す。
波紋が通り過ぎた後、私たちの脳内に、半径十キロ以内の魔物の位置、水源、そして安全なルートが、まるで精密な地図のようにくっきりと浮かび上がったのだ。
「これほど広範囲を、ここまで鮮明に探知できるなんて……。宮廷魔導士とは、ここまで素晴らしいのですのね」
「……エルフ、やる」
アナスタシアとフェリスも、エルヴィーラに惜しみない称賛の目を向けている。
「えっ? あ、ええっと……そ、そうよ! これくらい、私にかかれば当然なんだから!」
エルヴィーラは一瞬キョトンとした後、慌ててふんぞり返り、ドヤ顔をキメた。
だが、その長い耳は、困惑したようにピクピクと揺れている。
(……おかしいわ。私の探索魔法、こんなに威力が強かったかしら?)
エルヴィーラは内心、冷や汗をかいていた。
彼女自身が一番よく分かっている。自分の魔法は、今さっきまで暴発寸前だった。
そして、ハルトの後ろで「すごいですねぇ」とのほほんと拍手をしているヤエを、胡乱な目で見つめた。
(あの時、この女がぶつかってきた瞬間、魔法陣の結び目が書き換わった……? ――いやいや、あり得ないわ)
他人の魔法陣に、詠唱もなく指先一つで干渉するなど、おとぎ話の『大賢者』ですら不可能だ。
(ただの雇われギルド長にそんなことができるはずがないわ。偶然よ。きっと、私の潜在能力が奇跡的に開花したんだわ……! そうよ、まさか……ね?)
エルヴィーラは自分にそう言い聞かせた。
だが、エルフの動体視力は、ヤエの指先が迷いなく術式の急所を突いたのを確かに捉えていたのだ。
疑念と、ほんの少しの好奇心。
エルヴィーラは杖を握り直し、ツカツカと私の目の前まで歩み寄ってきた。
「……ちょっと、ヤエ」
「はい? どうかしましたか、エルヴィーラ様」
「あんた、今日から私の隣を歩きなさい。ええと……そ、そう! 辺境の案内人なんだから、私の目の届くところにいて魔物の気配とか説明しなさいよね!」
(この女……ただの村人Aなのか、それとも。私のエルフの目で、絶対にボロを出させてやるんだから!)
エルヴィーラは顔を少し赤くしながら、私の腕をグイッと引っ張った。
「おや、エルフのお姫様は随分とヤエに懐いたようですね」
アナスタシアが不思議そうに首を傾げ、ハルトくんは「女の子同士仲良くていいッスねー!」と呑気に笑っている。
(やれやれ。変に警戒されちゃったかな?)
私は首の後ろをトントンと叩きながら、ツンデレエルフに鋭い目つきで見張られつつ、森の奥へと歩き出すのだった。




