接待プレイの基本は『勇者の手柄』にすること
「くらいやがれ! 俺のチート魔法『極炎』!!」
ハルトくんの手から、太陽を凝縮したような超高熱の火球が放たれた。
「バカッ! 距離が近すぎるわ! 私たちまで巻き込まれるッ!」
エルフのエルヴィーラが悲鳴を上げ、アナスタシアが絶望に顔を青ざめさせる。
無理もない。今のハルトくんの魔力出力は完全にバグっている。あのサイズの火球が目の前で爆発すれば、フォレスト・ゴーレムはおろか、私たちも背後の村も仲良く消し炭だ。
(あーあ、だから加減してって言ったのに)
私は内心でため息をつきながら、持っていた急須をそっと地面に置いた。
ヒロインたちが思わず目を瞑った、その0.1秒の隙。
私は「ああっ、石につまずいちゃった」とワザとらしい声を出して、ドンッ、とハルトくんの背中にぶつかった。
「おわっ!? ヤ、ヤエさん!?」
よろけるハルトくん。
その背中に触れた私の右手から、不可視の『魔力相殺』の波紋を流し込む。
対象は、放たれたばかりの極炎魔法。威力を殺しすぎるとゴーレムを倒せなくなるため、余剰な熱量と爆発の範囲だけをピンポイントで刈り取る。
直後――。
ドボォォォォォォッ!!!
凄まじい閃光が弾け、ゴーレムが轟音と共に炎に飲み込まれた。
しかし、私たちに向かってくるはずの爆風も熱波も、まるで透明な壁に阻まれたかのようにピタリと止まり、そよ風一つ吹くことはなかった。
「……えっ?」
恐る恐る目を開けたエルヴィーラが、呆然と声を漏らす。
そこには、跡形もなく消し飛んだゴーレムの残骸と、無傷の森、そして――。
「……ははっ! 見たか! これが俺の完璧な魔力コントロールっスよ!!」
自分の手が放った魔法が、都合よくゴーレムだけを焼き尽くしたと信じて疑わない、ドヤ顔のハルトくんの姿があった。
「す、すごい……! あれほどの超広範囲魔法を、対象だけに圧縮して威力を収束させるなんて……!」
「女神様のお導きですわ……! やはりハルト様は、真の勇者様!」
エルヴィーラとアナスタシアが、信じられないものを見る目でハルトくんを絶賛し始めた。
いや、違うから。私が裏で余分な魔力全部吸い取ったからなんだけど。
「……主様、つよい」
警戒していたフェリスも、ハルトくんの圧倒的な(ように見える)力を見て、少しだけ尊敬の眼差しを向けている。
当のハルトくんは、「いやー、俺って天才かもしれねぇッス!」と鼻の下をこすって大喜びだ。
(うんうん。これでヒロインたちの好感度も上がったし、平和に解決したし。結果オーライだね)
私は首の後ろをトントンと叩き、何事もなかったかのように急須を拾い上げた。
私がいかに規格外の裏工作をしたかなど、誰一人として気づいていない。これでいいのだ。接待プレイの基本は、お客様(勇者)に気持ちよく手柄を立ててもらうことなのだから。
「ヤエさんも怪我なかったッスか? ドンくさいんだから、気をつけてくださいよー」
「あはは、ごめんなさいねぇ。ハルトくんが守ってくれたおかげで助かりました」
私はニコニコと愛想笑いを浮かべながら、少しだけ焦げた自分の前髪をそっと隠した。
「さあ、魔物も倒したことですし、そろそろ出発しましょうか。魔王領まではまだ距離がありますよ」
私の案内で、一行はついに深い森へと足を踏み入れた。
ハルトくんを先頭に、キャッキャと賑やかに歩くヒロインたち。その後ろを、私は荷物持ちとしてトボトボとついていく。
「ふふん、さっきはハルトにいい所を取られたけれど、次は私の出番ね! 宮廷魔導士の力、見せてあげるわ!」
エルヴィーラが長い耳をピンと立て、自信満々に杖を振り回している。
「頼もしいですねぇ。期待してますよ」
私が適当におだてると、彼女は「ふんっ、辺境のギルド長には一生縁のない高位魔法なんだから、しっかり見てなさいよね!」と鼻息を荒くした。
(元気だなぁ。……ん?)
その時、私はエルヴィーラが杖の先に展開し始めた『探索用の魔法陣』を見て、思わず目を細めた。
(……あちゃー。あの子、術式の組み方間違えてる。あれじゃマナが逆流して、杖ごと爆発するよ)
どうやらこの時代の『宮廷魔導士』とやらは、基礎的な術式の欠陥に気づいていないらしい。
得意げに呪文の詠唱を始めるエルヴィーラ。
このままでは、彼女の綺麗な顔がアフロヘアーになってしまう。
さて、彼女のプライドを傷つけずに、どうやってあの大爆発を無かったことにしようか。
「……ま、いっか。やるしかないか」
私は誰にも聞こえない声で呟き、そっとエルヴィーラの背後に近づいていった。




