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黄金の教典と、裏庭の鉄檻

国境の森を抜け、私たちが最初に辿り着いたのは、高い城壁に囲まれた交易都市『セント・マルス』。

だが、その街の光景は、ハルトくんの思い描いていた「平和な人間界」とはあまりにもかけ離れていた。


「……なんだよ、これ。俺、魔王を倒したんだぞ……?」


ハルトくんが、フードの奥で唇を噛み締める。

大通りには、骨と皮だけになった人間たちが虚ろな目で座り込んでいる。その横を、ふくよかな貴族たちが鼻をつまんで通り過ぎていく。

魔族の脅威が去ったというのに、この街には笑顔一つない。あるのは、人間同士の陰惨な搾取だけだった。


「ハルト様……あそこを見てください」

アナスタシアが、震える指で街の中心を指差した。


貧民街を見下ろすように建っていたのは、白亜の大理石と純金で装飾された、異常なほど豪華な『女神教会』だった。


「……行ってみるッス。教会の人間なら、きっとこの状況をどうにかしてくれるはずッスよ」

ハルトくんは微かな希望にすがり、私たちを連れて教会の扉を押し開けた。


礼拝堂の中では、丸々と太った司祭が、金貨の山を前に信者たちへ説教をしていた。


「おお、迷える子羊たちよ! 女神様の愛は平等です! さあ、この『贖罪の護符』を金貨三枚で買いなさい! 買えない者は、女神様の愛を受ける資格のない怠け者です!」

「そ、そんな……! 司祭様、どうか娘の病を治す回復魔法を……銀貨なら全財産あります……っ」


すがる母親を、司祭は汚いものでも見るように蹴り飛ばした。


「ええい、触るな貧乏人が! 奇跡はタダではないのだ! つまみ出せ!」


「……っ!!」

その光景に、アナスタシアが杖を握りしめて飛び出そうとする。

だが、それより早く、ハルトくんが怒りに顔を歪めて前に出ようとした。


「待って、二人とも」

私は二人の肩をガシッと掴み、暗い通路の陰へと引きずり込んだ。


「ヤエさん! なんで止めるんスか! あんなの、絶対に間違ってるッスよ!」


「分かってる。でも、表で騒いでもあの司祭をクビにして終わり。……あいつら、もっと『ヤバいこと』を裏でやってる匂いがする。ちょっとこっち来て」


私は、魔力探知で捉えた微かな「嫌な気配」を辿り、教会の裏庭へとみんなを誘導した。


裏庭には、教会の豪華さとは不釣り合いな、黒くて分厚い『鉄の馬車』が数台停まっていた。

その影で、先ほどの太った司祭が、柄の悪い商人からズッシリと重い金貨の袋を受け取っている。


「ひっひっひ。司祭様、今回も上質な『仕入れ』を感謝しますぜ」

「構わんよ。どうせ亜人など、魂を持たぬ家畜だ。我が教会が保護し、こうして王都の『地下オークション』に卸してやるのだから、奴らも本望だろう」


「……っ!」

フェリスとエルヴィーラが、ハッと息を呑む。

鉄の馬車には、窓が一つもない。だが、私の強化された聴覚と、フェリスの獣の耳には、そこから微かに漏れ聞こえる声がハッキリと届いていた。


『……こわいよぉ……お母さん……』

『お腹すいた……ここ、暗いよ……』


馬車の中に詰め込まれていたのは、国境付近で親とはぐれ、教会に「保護」という名目で拐われた、まだ幼い亜人の子どもたちだった。


「王都の貴族どもは、若い亜人の『愛玩奴隷』に目がないからな。この馬車三台分の子どもたちなら、莫大な利益になる。今夜のうちに王都へ向けて出発させろ」

「へへっ、承知しやした!」


司祭と商人が下劣な笑い声を上げる。


「…………」


ハルトくんは、何も言わなかった。

ただ、腰に帯びた聖剣の柄を、ギリギリと血が滲むほど強く握りしめていた。

彼の瞳に、かつてのような呪いの赤い光はない。そこにあるのは、理不尽に対する純粋で、圧倒的なまでの『怒り』だった。


「……ハルト」

エルヴィーラが、心配そうに声をかける。


「……ヤエさん。俺のチート魔法、魔王を倒すためにもらった力だって思ってたけど」

ハルトくんは、暗い瞳のまま、鉄の馬車を静かに睨みつけた。


「こういう腐ったクズどもを、跡形もなくぶっ飛ばすために使っても……バチは当たらないッスよね?」


私は、彼の真っ直ぐな怒りを見て、口元に凶悪な笑みを浮かべた。


「ええ。女神様もきっと、拍手喝采で許してくれるよ」


今夜。

王都へ向かう闇の馬車は、勇者(と、その裏方たち)による容赦ない襲撃を受けることになる。

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