魔獣のフルコースと、優しすぎる魔界の日常
「ひゃーっ! なんだこの街、めっちゃいい匂いがするッス!」
魔王城を後にして数日。
私たち一行が立ち寄ったのは、魔界屈指の食の都と呼ばれる『美食街グルマン』だった。
石畳のメインストリートには、赤レンガ造りのオシャレなカフェや、オープンテラスのレストランがズラリと並んでいる。
「魔界のレストラン……きっと、血の滴る生肉や、謎の骨がそのまま山積みで出てくるに違いないわ。みんな、警戒を怠らないで」
エルヴィーラが杖を握りしめ、アナスタシアも「毒見はわたくしが……!」と覚悟を決めている。
「いらっしゃいませ。六名様ですね、テラス席へどうぞ」
案内してくれたのは、パリッとした清潔なエプロン姿のラミアのお姉さんだった。
私たちは、柔らかいクッションが敷かれた席に腰を下ろす。
「えっと、じゃあこの『本日の魔獣ランチコース』を全員分で!」
ハルトくんがメニューも読めないくせに適当に注文する。
数分後。
運ばれてきた料理を見て、ヒロインたちは完全に言葉を失った。
「お待たせいたしました。『灼熱魔ボアのロースト〜深緑のベリーソース添え〜』と、『キラーマンティス出汁の澄み切りコンソメスープ』でございます」
真っ白な陶器の皿の中央に、芸術的な手つきで薄くスライスされたお肉が並び、その上から宝石のように輝くソースがオシャレに掛けられている。
スープに至っては、黄金色に透き通り、一滴の濁りもない。
「……嘘、でしょ? なによこの完璧な盛り付け(プラッティング)は……。王都の高級フレンチ顔負けじゃない……っ」
エルヴィーラが震える手でフォークを握る。
「いただきます!」
ハルトくんが豪快にお肉を口に放り込んだ。
「んんんんんまァァァいッ!! なんだこれ、肉が口の中で溶けたッス! ベリーの酸味が肉の脂と最高にマッチしてて、無限に食えるッスよ!」
ハルトくんは目をキラキラさせて、ものすごい勢いで平らげていく。
アナスタシアも、恐る恐るお肉を一口かじり……その瞬間、瞳からホロホロと大粒の涙をこぼした。
「……美味しい……」
「教会では……魔族は血肉を貪る野蛮な獣だと、ずっとそう教えられてきましたわ。でも、本当は……わたくしたち人間よりも、ずっと繊細で、豊かで、文化的な食卓を囲んでいたのですね……っ」
今まで自分が信じてきた「正義」が、また一つ音を立てて崩れていく。
こんなにも美味しい料理を作り、笑顔でテーブルを囲む彼らを、王国は「世界の敵」と呼んで虐殺しようとしていたのだから。
「……ヤエ、これ。美味しい。私、いま世界で一番幸せ」
フェリスも、尻尾をブンブンと千切れんばかりに振りながら、コンソメスープを夢中で舐めている。
(うんうん、よかった。ここのシェフ、私が昔『低温調理』と『出汁』の概念を教え込んだ甲斐があったよ)
私は美味しい紅茶を傾けながら、ほっこりとした気持ちでみんなを見守っていた。
ふと横を見ると、ローブのフードを被ったリリィが、お肉を一生懸命もぐもぐしている。
「んふっ、おいひいねぇ、ハルトお兄ちゃん!」
リリィが満面の笑みを向けるが、その口の周りにはベリーソースがべっとりとついていた。
「おっ、口の周り汚れてるぞ。ほら、じっとしてろ」
ハルトくんが、自分が使っていたナプキンで、リリィの口元をゴシゴシと無造作に拭いた。
「ひぃっ……!」
その光景を見たエルヴィーラとアナスタシアが、フォークを取り落としそうになる。
(世界の頂点である魔王様の顔面を、そんな雑に拭くなんて……! いつ怒りでこの街ごと消し飛ばされるか分からないわ……っ!)
しかし、当のリリィは「えへへ、ありがとう!」と嬉しそうに笑っているだけだ。
「いやー、俺が魔王を倒したおかげで、魔族の街も一気に平和でオシャレになったみたいッスね! さすが俺のチートッス!」
ハルトくんは、見当違いのドヤ顔で胸を張る。
「……ハルト。この街の歴史あるレンガ造りを見て、なぜ昨日今日で出来たと思うのよ……」
エルヴィーラがジト目でツッコむが、勇者の耳には届いていない。
みんなで美味しいご飯を食べて、笑い合って、平和な風に吹かれる。
魔界は、人間の国よりもずっと温かくて、優しい場所だった。
(……しっかり味わっておきなさい、みんな)
私は微笑みながら、心の中でそっと呟く。
この最高に幸せで甘い記憶が、これから向かう『人間の国(地獄)』のドス黒さを、より一層引き立たせる猛毒になるのだから。
私たちは食後のデザートまでしっかり堪能し、賑やかな美食街を後にした。
平和な魔界を巡る幸せな逆走の旅は、まだ始まったばかりだ。




