ちいさな魔王と、鈍感すぎる勇者
ハルトくんが深い眠りに落ちた後。
半壊した広場には、続々と魔王軍の幹部たちが集結していた。
「負傷者の救護を急げ! 瓦礫の下に逃げ遅れた者がいないか徹底的に探すんだ!」
氷の魔連隊長ゼノスが、冷徹ながらも的確な指示を飛ばしている。
その横では、昨日ラーメン屋台の店主をしていた強面のミノタウロスが、軽々と巨大な瓦礫を持ち上げて道を切り拓いていた。
「……ゼノス。怪我人の状況は?」
私が声をかけると、ゼノスは周囲の目を気にしつつ、サッと私の前で片膝をついた。
「ハッ。建物の被害は甚大ですが、事前の避難誘導が功を奏し、死者はゼロ。重傷者も数名で済んでおります。……師匠の完璧な手回しのおかげです」
「そっか。みんな無事でよかった」
ホッと息を吐いたその時。
広場の奥から、小さな足音がトテトテと近づいてきた。
「ヤエお姉ちゃーん!」
現れたのは、フリルがいっぱいにあしらわれた可愛らしいドレスを着た、角の生えた小さな女の子。
「ヒッ……!!?」
その姿を見た瞬間。
背後で座り込んでいたエルヴィーラたち三人が、顔面を蒼白にして一斉に後ずさった。
「ど、どういうことなのヤエ……っ! この小さな子供から……さっきの『バケモノ(魔王)』と全く同じ、いやそれ以上の底知れない魔力の圧を感じるわ……っ!」
エルヴィーラがガクガクと膝を震わせる。
フェリスに至っては、恐怖のあまり毛を逆立てて気絶寸前だ。ただそこに立っているだけで、大気中のマナが悲鳴を上げ、空間が歪むほどの絶対的な魔力。
「うん。紹介するね。この子が本物の魔王、リリアンヌちゃんだよ」
「ええええええええええええ!?」
私は気絶しているハルトくんを横目に、ヒロインたちに種明かしをした。
あの巨大な魔王は私が作った幻影であること。王国がハルトくんに呪いをかけ、この小さなリリィを殺すための『爆弾』として利用しようとしていたこと。
「なるほど……わたくしたちの国は、こんな小さな子供を『巨悪』に仕立て上げて……」
アナスタシアが痛ましそうにリリィを見る。
「エルフのお姉ちゃん、ごめんね。私の魔力、怖かった?」
リリィが申し訳なさそうに上目遣いでエルヴィーラを見つめる。
「え、あ、いや……怖っ、いや可愛っ……ええと、その……」
エルヴィーラは、「見た目はただの幼女」なのに「放っているオーラは世界を滅ぼすレベル」というバグのようなギャップに、脳の処理が完全に追いつかず大混乱していた。
そこへ、ゼノスが厳しい顔つきで進み出た。
「リリアンヌ様。人間の王は、もはや対話でどうにかなる相手ではありません。此度の非道、断じて許し難し。直ちに全軍を挙げ、人間の国へ進軍する許可を!」
周囲の魔族たちも「そうだ!」「人間どもに目に物見せてやる!」と殺気立つ。
しかし、リリィはフルフルと首を横に振った。
「だめ。戦ったら、またどっちかがいっぱい死んじゃう。……私、お話したいの。人間の王様のとこに行って、どうしてこんなひどいことするのか、直接聞いてみたい」
「なっ……!? 魔王様自ら敵の王都へ赴くなど、正気の沙汰ではありません! 危険すぎます!」
ゼノスが血相を変えて止める。
「大丈夫だよ、ゼノスくん」
私はリリィの小さな肩にポンと手を置いた。
「私がついてる。それに……魔王討伐を果たした『英雄の凱旋』なら、王都の門も素通りできるでしょ? ちょっとお忍びで、王様のお尻を叩きに行く『裏返しの旅』ってのも、悪くないんじゃないかな」
私がウィンクすると、ゼノスは「師匠がそう仰るなら……」と渋々引き下がった。
「ん……? ふぁ〜あ、よく寝たッス」
その時。
瓦礫の上で爆睡していたハルトくんが、呑気に目を擦りながら起き上がった。
「あれ、俺、どうなったんスか? 確か魔王を……うおっ! すげぇ、本当に魔王倒したんだ俺! 跡形もないッスね! チート最高ッスわ!」
自分が倒した痕跡(私が作った瓦礫の山)を見て、大喜びするハルトくん。
「……ハルト。あんた、さっきから何も感じないの?」
エルヴィーラが、恐る恐る尋ねる。
ハルトくんのすぐ目の前には、魔王そのものであるリリィが立っているのだ。普通の人間の感覚なら、今のヒロインたちのように本能的な恐怖で身がすくむはずなのに。
「ん? 何がッスか? ……ああ、このちっこい子は? 迷子ッスか?」
ハルトくんは不思議そうに首を傾げると、あろうことか、リリィの頭を無造作にポンポンと撫でた。
「ひぃぃっ……!」
ヒロインたちが「魔王に気安く触った!?」と心の中で悲鳴を上げる。
「俺は勇者ハルト! もう悪い魔王は倒したから、安心していいッスよ! お兄ちゃんたちが、君のおうち(人間の国)まで一緒に送り届けてやるからな!」
ハルトくんは、ミリ単位の脅威も感じていないような、一点の曇りもない笑顔で言い放った。
(……この子、自分の目の前に『世界最大の魔力の塊』があるのに、全く恐怖を感じていない……?)
ヒロインたちの背筋に、ゾクリと冷たい汗が流れる。
どんなに鈍感でも、これは異常だ。
彼にかけられた『女神の加護』とやらは、物理的な強さだけでなく、彼の精神を現実の恐怖から完全に隔離し、都合よく操るための『恐ろしい麻酔』なのではないか。
「……えへへ! よろしくね、ハルトお兄ちゃん!」
何も知らないリリィが、嬉しそうにハルトくんの手を握り返す。
(よしよし。これで準備は整ったね)
私は、異常な状態のまま無邪気に笑う勇者と、魔族の頂点である小さな少女を見守りながら、胸の内で静かに闘志を燃やした。
さあ、人間の王様。
あなたが作り上げた最強の爆弾は、最高の仲間たちを連れて、今度はそっちの玉座へ向かうよ。
首を洗って待っててね。




