魔王城の便利仕掛けと、狂い始める勇者
「ひぇぇ、ここが魔王城の内部ッスか! もっと不気味な骸骨とかが飾ってあると思ったのに、意外と綺麗ッスね! つーか、床がピカピカすぎて俺の顔が反射してるッスよ! まさか、精神を映し出す幻惑の鏡トラップッスか!?」
ハルトくんがキョロキョロと見渡す城内は、黒大理石の床が塵一つなく磨き上げられ、廊下には自動で灯る魔導ランプが等間隔で並んでいた。
(そりゃあね。リリィが暗いところや虫を怖がるから、私が全部『人の気配で灯る魔法の火』に付け替えて、お掃除用スライムも配備してあげたんだもん)
「ハルト様、油断召さるな! この迷宮のような複雑な構造……一度迷えば二度と出られないという、伝説の『無限回廊』に違いありませんわ!」
アナスタシアが杖を構え、壁の隅をジロジロと警戒している。
「……大丈夫。こっちに『案内板』ある。親切」
フェリスが指差した先には、可愛らしいピンク色のスライムの絵と共に、丸っこい文字で『リリィのお部屋:右にまがってね』と書かれた立て看板があった。
「……看板? 魔王城に、案内看板? しかもなにこの気の抜けた字体は……。魔王の威厳がゲシュタルト崩壊してるわよ……」
エルヴィーラが頭を抱え込む。
「はっ! 分かったッス! これは俺たちの緊張感を削ぎ落とすための高度な心理戦ッスね! 騙されないッスよ!」
ハルトくんは一人で勝手に納得し、聖剣を無駄に構えながら右へ曲がった。
さらに進むと、一行の前に塔の上へと続く、巨大で急な階段が現れた。
「うわ、この段差はきついッスよ! 俺のチート跳躍力ならいけるけど、みんなは――」
「あ、ハルトくん。そこにある『魔法の板』に乗ってみて。みんなもどうぞ」
私が壁の出っ張りをポチッと押すと、床の一部がガコンと音を立て、ウィーンと静かに上昇し始めた。
「「「ひゃああっ!?」」」
「床が、床が浮きましたわ!? 女神様、お助けをーっ!」
アナスタシアがパニックになって床にへばりつく。
「すげぇぇ! 動く床ッス! 魔王城、マジでハイテクすぎて感動するッス!」
ハルトくんは大喜びで、外の景色を見下ろしながら目を輝かせている。
(……リリィ、階段でよく転んで泣いてたからね。段差をなくして、からくり仕掛けで誰でも楽に移動できるようにしてあげて良かったよ。「うえへまいりまーす」ってね)
私は一人、心の中で案内係の真似事をして楽しんでいた。
その後も、ハルトくんが「あー、緊張で喉渇いたッス」と呟けば、壁がクルリと裏返り、『冷えた果実水が出る魔法の箱』が出現。
「お腹すいた」とフェリスが鳴けば、廊下の曲がり角に『ほかほかのハンバーグ弁当(お子様ランチ風)』がなぜか置かれているという、もはやダンジョン攻略というよりは「至れり尽くせりの高級宿」のような状態になっていた。
「……おかしいわ。わたくしたちが『こうしたい』と思った瞬間に解決策が現れるなんて……。まるで、誰かが先回りして接待してくれているみたいじゃない……」
エルヴィーラが不気味がりながらも、冷たいオレンジジュースをストローでちゅーっと吸っている。
「……ヤエ。この城、ヤエの家と同じ匂いがする。クッキーと、お日様の匂い」
口の周りにデミグラスソースをつけたフェリスが、私の袖をクンクンしながら真実の核心を突いてくる。
「あはは、きっと魔王様もきれい好きな女の子なんですよ。さ、もうすぐ一番上ですよ」
私は首の後ろをトントンと叩き、のんびりとした笑顔で受け流した。
こうして、私たちは一度も戦闘することなく(ハルトくんは終始見えない敵とシャドーボクシングをしていたが)、ついに魔王の寝所へと続く最後の大扉の前に辿り着いた。
「よっしゃ……! ついに魔王ッスね! みんな、準備はいいッスか!」
ハルトくんが聖剣ルミナスを握りしめ、扉に手をかける。
私もリリィへの合図を送り、そっと見守ろうとした。
――だが。
「……ぁ、…………」
ハルトくんの瞳から、スッと光が消えた。
代わりに、瞳の奥でドス黒い、どろどろとした『赤い光』が明滅し始める。
「……ハルトくん?」
私の呼びかけに、彼は答えない。
彼の握る聖剣が、血のような赤黒い魔力を放ち、周囲の空気をピリピリと震わせる。
「……殺す。……魔王。……根絶やしに、しなければ」
その口から漏れたのは、彼のものとは思えない、地を這うような憎悪の声。
王国の呪いか、あるいは別の何かが、魔王を目前にしてついに彼を『暴走』させていた。
「ハルト様!? どうされましたの……その殺気は……!」
ハルトくんが、恐るべき憎悪を込めて大扉を見据える。
これまでの旅で築いてきた、あの能天気で真っ直ぐな彼が、一瞬で『別人』に入れ替わってしまったかのような違和感。
私の背筋を、かつてない嫌な予感が駆け抜けた。




