表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/27

故郷の味と、置いていく者の微笑み

雨宿りの洞窟を出て、再び歩き始めた日の夕食。

焚き火で硬い干し肉を炙りながら、ハルトくんが大きなため息をついた。


「はぁ〜……毎日毎日、硬い肉とパンばっかり。マジで『ニホン』の飯が恋しいッスわ……」


「ニホン? それは、ハルト様の故郷の国ですの?」

アナスタシアが不思議そうに首を傾げる。


「そうッス! めっちゃ発展してて飯が美味いんスよ! あーあ、腹いっぱい『スキヤキ』が食いてぇなぁ……」


「おや、ハルトくん。ニホンの味が恋しいの?」


私は荷物から岩塩を取り出しながら、会話にスッと混ざった。


「そうなんスよ! ヤエさん、スキヤキ知ってるんスか?」


「もちろん。薄く切った牛肉に、ネギや焼き豆腐を割り下で煮込んで、生卵を絡めて食べる……『牛鍋ぎゅうなべ』のことだよね。美味しいよねぇ」


「……牛鍋? まあ、鍋だけど……スキヤキを牛鍋って呼ぶの、うちのじいちゃんくらいッスよ。ヤエさんって渋いッスね」


ハルトくんは少し不思議そうな顔をしたものの、すぐに「まあいいや!」と笑い飛ばした。


「飯もそうッスけど、娯楽も足りないんスよねー。あー、早く帰ってPCでアクションゲームしてぇ! キーボードとマウスで無双するのが俺の至福なんスよ!」


「……あくしょんげーむ?」


聞き慣れない異国の言葉に、私は首を傾げた。

だが、ハルトくんの身振り手振りと『無双』という言葉から、なんとなく意味を察する。要するに、戦いを模した盤上遊戯ボードゲームのようなものだろう。


「ああ、それなら私も得意だよ」


私は少し懐かしい気分になりながら、知ったかぶりをして相槌を打った。


「盤上の駆け引き、一瞬の隙を突く攻防。あれこそ最高の『あくしょんげーむ』だよね。うんうん。私の故郷では『将棋しょうぎ』って言うんだけど」


「……しょ、将棋!? いやいや、PCのアクションゲームの話ッスよ!? どんだけ昭和……いや、明治の人間なんスかヤエさん!」


(……うん? 今、すごく的を射たツッコミをされた気がするけど)


ハルトくんの言葉に、私は首の後ろをトントンと叩いて誤魔化した。

『ニホン』という同じ故郷を語っているはずなのに、彼が見ていた景色と私の知る景色は、どうやら決定的に時代がすれ違っているらしい。


「……ねえ、アナスタシア。あの二人が言っている『ニホン』って……」

「ええ、エルヴィーラ。おそらく、幻の古代魔法文明や、歴史から消えた神聖な都のことでしょう。暗号のような高度な会話ですわ」


横で聞いていたエルフと聖女が、またしても壮大な勘違いをしているが、今は放っておこう。


「でもさ!」


ハルトくんは焚き火越しに、ニカッと眩しい笑顔を向けた。


「俺が魔王を倒したら、女神様に頼んで、みんなで『ニホン』に行くッスよ! そしたら俺が、美味いスキヤキ奢ってやるッス! ヤエさんも一緒に、PCゲームで遊びましょうよ!」


それは、彼なりの最高の愛情表現だった。

この過酷な旅を終えたら、みんなで一緒に平和で楽しい未来を生きていこうという、純粋な約束。


「…………」


私は手元の岩塩を見つめ、思わず目を細めた。

胸の奥が、ほんの少しだけチクリと痛む。


私の知る『故郷』。

ガス灯が道を照らし、文明開化の足音が響いていたあの懐かしい景色は、もうこの世界のどこにも存在しない。

私が帰る場所なんて、とっくの昔に無くなっているのだ。


「……ありがとう、ハルトくん。でも、私はいいかな」


私は顔を上げ、いつものようなのんびりとした、けれどどこか空っぽな微笑みを浮かべた。


「えっ? なんでッスか?」


「私の役目は、君たちを無事に送り届けることだからね。君たちが無事に魔王を倒して、美味しいものを食べて、笑って生きていけるなら……」


私はパチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、ぽつりとこぼした。


「私は裏で泥を被って、一人で消えても構わないんだよ。……そういうの、慣れてるから」


それは、紛れもない私の本心だった。

今まで数え切れないほどの時間を生き、多くのものを失い、見送ってきた。

この子たちが無事に明日を迎えられるなら、私自身の命や幸せなど、喜んで投げ出せる。そのための『接待プレイ』なのだから。


しかし。

その私の言葉を聞いた瞬間。


「……ッ!」


エルヴィーラとアナスタシアが、息を呑んで顔を強張らせていた。

フェリスに至っては、不安そうに私の袖をギュッと強く握りしめている。


彼女たちの目には、私が「のんびりしたお姉さん」ではなく、「世界のために一人で死のうとしている悲しき英雄」に映っていた。


「ヤエさん、何言ってんスか! 一人だけ仲間外れなんて、俺が許さないッスよ!」

何も分かっていないハルトくんだけが、呑気に笑いながら私の背中をバシッと叩く。


「あはは、痛いなぁ。……まあ、先のことはその時に考えようか」


私は誤魔化すようにお茶をすすった。

ヒロインたちの視線が、痛いほど私に突き刺さっていることには、あえて気づかないふりをして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ