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雨宿りと、バカで真っ直ぐな勇者の手

魔王領の険しい岩山を越えている最中、私たちは突如として激しいゲリラ豪雨に見舞われた。


「うわっ、すげー雨! みんな、あそこの洞窟に避難するッスよ!」


ハルトくんの合図で、私たちは岩肌にポッカリと空いた小さな洞窟へと逃げ込んだ。

幸い中は乾燥していたが、冷たい雨に打たれたせいで、ヒロイン三人はブルブルと肩を震わせている。


特にアナスタシアは、数日前に知った「父親からの殺意」という絶望からまだ完全に立ち直れておらず、虚ろな目で膝を抱えていた。


「……寒い。お腹すいた」

フェリスが尻尾をしょんぼりと垂らし、エルヴィーラも「サイアクよ……」と濡れた金髪を絞っている。


「へっへー、こんな時は俺のチート魔法『極炎インフェルノ』で一気に焚き火を作ってやるッス!」


ハルトくんがドヤ顔で指先を鳴らす。

(いやいや、こんな狭い洞窟で極炎なんか使ったら、酸欠と爆発で全員丸焼きになっちゃうから!)


私は誰にも気づかれないように彼の背後に立ち、ハルトくんの指先から放たれたバカでかい魔力の塊を、スッと『魔力間引き(ドレイン)』で9割9分9厘吸い取った。


ポンッ。


集めた小枝の山に、ちょうどいい大きさの可愛らしい火が灯る。


「おおっ! 俺、手加減も完璧になってきたッスね! みんな、これで温まるッスよ!」


ハルトくんは自分の成長(勘違い)に満足げに頷きながら、自分の着ていた厚手の外套をバサッと脱いだ。

そして、それを震えているアナスタシアとエルヴィーラの肩に無造作にバサリと被せた。


「ひゃっ!? ちょ、ちょっとハルト! あんたは寒くないの!?」


エルヴィーラが顔を赤くして抗議する。


「俺は勇者ッスからね! これくらい平気ッスよ」


そう笑うハルトくんは、さらに自分の荷物から保存食の干し肉と硬いパンを取り出した。

そして、焚き火で炙って柔らかくしたそれを、一番小さくちぎってフェリスの口元に運ぶ。


「ほれ、フェリス。食え食え」

「……んむ。……あったかい」


フェリスはハルトくんの手からパンを受け取り、もきゅもきゅと頬張り始めた。


その時。

火明かりに照らされたハルトくんの手のひらを見て、アナスタシアがハッと息を呑んだ。


「ハルト様……その手……」


彼の両手には、無数のマメが潰れ、固く分厚くなった『剣ダコ』がびっしりと刻まれていた。

チート能力で無双しているはずの彼には、本来必要のないはずの、泥臭い努力の痕跡。


「ああ、これッスか? 毎日素振りしてるから、なんかカチカチになっちゃって。女の子の手を繋ぐにはちょっと不格好ッスよね、ははっ」


ハルトくんは照れくさそうに頭を掻く。


「……どうして、ですか? あなたには、女神様から与えられた強大な魔法がある。誰も傷つけられないほどの無敵の力があるのに……どうして、そんなになるまで剣を振るのですか」


アナスタシアの震える声。

それは「神」や「国」という絶対的な力に裏切られ、何も信じられなくなってしまった少女の、すがるような問いかけだった。


ハルトくんは少しだけ真面目な顔になり、焚き火を見つめながら答えた。


「うーん……チートは確かにすげーけど、それって俺自身の力じゃない気がするんスよね」


彼は自分のゴツゴツした両手をギュッと握りしめる。


「俺は、お前たちを守りたいんスよ。女神様のお願いとか、王様の命令とか、そういうの抜きにして。……俺の隣を歩いてくれる女の子たちを、俺自身の力で絶対に守り抜けるように、準備くらいはしとかなきゃカッコ悪いじゃないッスか」


その言葉には、何の裏表もなかった。

陰謀も、嘘も、思惑もない。ただのバカで真っ直ぐな、彼自身の純粋な決意。


「……バカみたい。あんたの魔法、いつも明後日の方向に飛んでくじゃない」


エルヴィーラが、外套に顔をうずめながらポツリとこぼした。

だが、その声は少しだけ震えており、彼女の長い耳は照れ隠しのようにパタパタと動いている。


「……ハルトの手、ゴツゴツしてる。でも、クッキーの次に好き」

フェリスも、ハルトくんの背中にピトッと寄りかかった。


「……っ」


アナスタシアは、両手で顔を覆い、今度は絶望ではなく、温かい安堵の涙をポロポロとこぼした。


神も、国も、父親も信じられない。

でも、目の前で不器用に笑っているこの少年の『手』だけは、信じてみてもいいのかもしれない。

ヒロインたちの心の中で、バラバラになりかけていたパーティーの絆が、確かな熱を持って結びついた瞬間だった。


(……うんうん。やっぱり、君はいい勇者だよ、ハルトくん)


私は洞窟の入り口で雨風を『魔力障壁』でこっそり防ぎながら、温かい微笑みを浮かべていた。


彼がどれだけ勘違いしていようと、この真っ直ぐな心がある限り、きっと最後には本当の『勇者』になれる。

私はそう確信しながら、雨が上がるのをのんびりと待つのだった。

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