表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/16

王の裏切りと、崩れ落ちる聖女

『……ねえ、ヤエお姉ちゃん。私、また人間の王様にお手紙を書いたの』


いつかの夜。通信機越しに聞いたリリィの声は、今にも泣き出しそうに震えていた。


『魔族は戦いたくない。土地だって痩せた辺境のままでいいから、どうか平和条約を結んでほしいって……。でも、お返事、一回も来ないの。私の書き方が悪かったのかな……』


「そんなことないよ。リリィの字、すごく綺麗だったし、気持ちはこもってたよ」


私は優しく相槌を打ちながら、冷たい事実を噛み殺していた。

リリィが何度も送っている和平の申し出は、決して人間の民衆の耳には届かない。


なぜなら、国王自身が秘密裏にその手紙を全て握り潰し、焼却処分しているからだ。

国をまとめ上げ、民から重い税を搾り取るためには、『極悪非道な魔王』という共通の敵がどうしても必要だった。


王国の平和の裏には、いつだって権力者のドス黒い陰謀が渦巻いている。


◇ ◇ ◇


魔王領へと足を踏み入れた、最初の夜。

交代で見張りをしていたキャンプ地で、事件は起きた。


「むにゃむにゃ……魔王、覚悟しろ……俺のチートで……」


ハルトくんは相変わらず、焚き火のそばで大の字になって爆睡している。

その反対側では、アナスタシアが静かに膝をつき、胸元のペンダントを両手で包み込んで祈りを捧げていた。


「女神様。そしてお父様……。どうか、この過酷な魔王領を行く私たちに加護を――」


その時だった。


バチィッ!!


「きゃあっ!?」


アナスタシアの胸元で、ペンダントが突如として不気味な黒い火花を散らした。

澄んでいたはずの神聖な輝きがドロドロとした『黒い瘴気』へと染まり、彼女の首を絞めつけるように魔力の鎖が伸びる。


「な、なにこれ!? ペンダントから……闇の魔力が!?」


見張りをしていたエルヴィーラが慌てて立ち上がる。

フェリスも全身の毛を逆立てて「……黒い匂い。臭い!」と威嚇した。


(これは……『呪具』!?)


私は目を鋭く細めた。

昼間、カラスが奪った時はただの過保護な魔道具だとばかり思っていた。だが、魔王領の濃密な魔力にあてられたのか、あるいは王様自身が遠隔で起動したのか、その奥底に隠されていた真っ黒な術式が牙を剥いたのだ。


(あの王……実の娘に対して、ここまで外道な真似をするのか)


「う、あ……お父様……の、お守り、が……どう、して……」


アナスタシアが苦痛に顔を歪め、首元の黒い鎖を掻きむしる。

このままでは彼女の命が危ない。


「アナスタシア、動かないで!」


私は慌てて駆け寄り、彼女の首元に指先を添えた。

そして、迷うことなくその黒い鎖の結び目に、『魔力破壊』を静かに叩き込む。


パキンッ!


黒い鎖はガラスのように砕け散り、ペンダントは本来の神聖な魔力を完全に失って、ただの薄汚れた石ころへと成り果てて地面に転がった。


「ゲホッ、ゴホッ……! はぁ、はぁ……」


むせるアナスタシアの背中を撫でながら、私は落ちた石ころを冷たく見下ろした。


「……ちょっと待って。そのペンダント、見せなさい」


エルヴィーラが顔を青ざめさせながら、地面に落ちたペンダントの残骸を杖の先で指し示した。

彼女は目を閉じ、エルフ特有の高度な魔力感知で残滓を読み取っていく。そして、信じられないものを見たかのように目を見開いた。


「嘘でしょ……。これ、ただの呪いじゃないわ。術式の奥底に隠されていたのは……『持ち主の生命力を削り取とりながら、対象(勇者)を監視・操作する』ための外道の呪具よ」


「……え?」

アナスタシアが、呆然と顔を上げる。


「しかも……この呪いを編んだ魔力の波長。間違いないわ。王家に代々伝わる、国王陛下個人の魔力紋シグネチャーと完全に一致してる……」


エルヴィーラの言葉が、夜の森に重く響き渡った。


「そ、んな……」


アナスタシアが、その場にへたり込んだ。

幻であってほしかった。何かの間違いだと思いたかった。

しかし、天才魔導士であるエルヴィーラの解析結果と、今しがた自分の命を削り取ろうとしたドス黒い魔力の感触は、紛れもない『本物』だった。


父親にとって、自分は愛娘などではなかった。

勇者を監視し、いざとなれば意のままに操るための、ただの「使い捨ての魔力タンク」でしかなかったのだ。



『き、きっと……この卑劣な野盗どもが、王国軍の輸送部隊を襲って奪ったに決まっています!』



昼間、野盗のアジトで見つけた王国軍の武器。

そして、今ここで露見した、実の父親からの殺意。

点と点が、最悪の形で線となって繋がってしまった。


「ああ……あああっ……」


アナスタシアの両目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちる。

彼女が信じてきた「王国の正義」も、「優しい父親」も、最初から全てが嘘っぱちだった。

魔族が悪いのではない。本当の悪魔は、王都の玉座で優しく微笑んでいる自分の父親だったのだ。


「……アナスタシア。泣け。今は、泣いていい」


フェリスが不器用な手つきで、泣き崩れるアナスタシアの背中を撫でた。

エルヴィーラもまた、唇を強く噛み締めながら彼女の肩を抱き寄せている。


「お父、様……ひどい、です……わたくしは、ただ、国のために……っ」


声にならない嗚咽を漏らす聖女を、私はただ静かに見下ろしていた。

残酷だが、これは彼女自身が乗り越えなければならない真実だ。与えられた役割ピエロから降りて、自分の足で歩き出すための、大切な通過儀礼。


「……んあー? ふぁ〜あ」


その時。

背後の焚き火で寝転がっていたハルトくんが、呑気に大きなあくびをして起き上がった。


「あれ、みんなどうしたんスか? なんでアナスタシア、泣いてんの? あ、さてはパパに会いたくなってホームシックッスね!?」


彼は、目の前で起こっていた地獄のような絶望劇に1ミリも気づいていなかった。

それどころか、落ちているペンダントの残骸を見て「あーあ、お守り壊れちゃったのか。まあ気にすんなって!」とカラカラと笑い飛ばした。


「俺のチートがあれば、魔王なんてワンパンッスよ! そしたらすぐ王都に帰って、パパに会わせてやるから安心しろって! な!」


ハルトくんは眩しいほどのドヤ顔で、サムズアップを決める。


「……っ」


アナスタシアは絶望のどん底にいながらも、彼のあまりの能天気っぷりに、一瞬だけぽかんと口を開けた。

エルヴィーラとフェリスも、「こいつマジで何も分かってない……」と頭を抱えている。


「ふふっ」


私は思わず、小さく吹き出してしまった。

どれだけドス黒い陰謀があろうと、この勇者バカの底抜けな明るさの前では、なんだか全てがギャグみたいに思えてくる。


「ええ、そうですね。まずはこの魔王領の真実を確かめに、次の街へ向かいましょうか」


私はアナスタシアの涙をそっとハンカチで拭い、優しく微笑みかけた。

勇者は何も知らないまま、聖女は真実を抱えたまま。

それぞれの思いが交錯する中、私たちは魔王領の深部へと、さらに足を踏み入れていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ