平和な制圧と、盲目的な聖女
ハルトくんたちが寝静まった夜。
私の胸元にある通信機から、リリィの泣きそうな声が聞こえてきた。
『ヤエお姉ちゃん……あのね、最近、魔王領の入り口の森に、変な武器を持った人間の悪い人たちが住み着いちゃって……』
「変な武器?」
『うん。魔族の集落の近くをうろついてて、みんな怖がってるの……私、どうしたらいい?』
私はふと、昼間のダンジョンで見つけた「王国軍の武器箱」を思い出した。
なるほど。魔族へのヘイトを高めるために、王国がわざとならず者を雇って魔王領の国境を荒らしているわけか。あの王様ならやりかねない。
「よしよし、大丈夫だよリリィ。明日、私がお掃除しておくからね」
『ほんと? ありがとう、ヤエお姉ちゃん!』
私は通信機を切り、夜空を見上げながら「やれやれ」と息を吐いた。
◇ ◇ ◇
翌日。
「ヤエさん、こっちの道で本当に合ってるんスか?」
「ええ、この獣道を通れば、魔王城への近道ですから」
私はハルトくんたちを誘導し、森の奥深くにある怪しげな洞窟の前に案内した。
そこは明らかに、人の手が入った「野盗のアジト」だった。
「おっ、魔王の手先のアジト発見ッスね! 俺のチート魔法で洞窟ごと吹き飛ばしてやるッス!」
ハルトくんが意気揚々と掌に極炎魔法をチャージし始めた。
いやいや、待って。中にいるのは魔族じゃなくて人間のならず者だし、そもそも洞窟ごと吹き飛ばしたら全員ミンチになっちゃう。
どんな悪党だろうと、私の前で命を散らすことは許さない。
「いっけえええッ!」
ハルトくんが火球を放った瞬間。
私は彼の背中にドンッとぶつかるふりをして、右手の指先から『魔力拡散』の術式を流し込んだ。
ハルトくんの放った極炎魔法は、洞窟の入り口で威力を完全に失い、ただの『ものすごく眩しい閃光弾』へと変化して炸裂した。
カッ……!!
「「「ぐああああっ!? 目がぁぁぁっ!」」」
洞窟の奥から、見張りをしていた野盗たちが目を押さえて転げ回る声が聞こえてきた。
よし、見事な目くらましだ。
「へっ? 俺の魔法、なんか不発だったスかね? まあいい、剣で蹴散らすッス!」
ハルトくんは聖剣ルミナスを引き抜き、意気揚々と洞窟の中へ突撃していった。
(ハルトくんの剣も、まともに当たればただじゃ済まないからね)
私はハルトくんの影を踏むように背後からぴったりと追従し、彼が剣を振り下ろすたびに、そっと『軌道補正』の魔力糸を操った。
刃が相手の肉を裂く寸前で、わずかに剣の腹(平)で当たるようにズラす。つまり、全てを強制的に『峰打ち』に変換していく。
ゴッ! バキッ! ドゴォッ!
「痛ぇっ!?」「ぐはっ……!」
「はははっ! 俺の覇気で、触れる前にバタバタ倒れていくぜ!」
ハルトくんは自分の剣が当たる前に敵が気絶していると勘違いし、ドヤ顔で無双(?)を続けている。
その後ろで、私は倒れた野盗たちが後頭部を打たないようにこっそりと風のクッションを敷きつつ、全員を安全に気絶させていった。
「……ハルト、剣の腹で打ってたわ。あいつ、案外手加減もできるのね」
「……いや、違う。ヤエが、影から操ってる。全部、死なないように」
エルヴィーラとフェリスがヒソヒソと話し合っているが、まあ見なかったことにしよう。
ほんの数分で、アジトの制圧は完了した。
被害者はゼロ。全員が健やかに気絶しているだけの、極めて平和な空間だ。
「楽勝ッスね! おっ、なんだこの木箱?」
ハルトくんが、洞窟の奥に積まれていた木箱を蹴り開けた。
中から出てきたのは、ピカピカに磨き上げられた最新鋭の剣や鎧。
「……ッ!? それは……!」
それを見たアナスタシアが、顔を青ざめて駆け寄った。
剣の柄には、王国の紋章がくっきりと刻み込まれていたのだ。
「なんで野盗のアジトに、王国軍の最新装備があるのよ……。まさか、国が野盗に武器を横流ししてるってこと?」
エルヴィーラが不審そうに呟く。
「……王様、悪いやつ」
フェリスも鼻を鳴らして警戒心を露わにした。
「そ、そんなはずありませんわ!」
アナスタシアが悲痛な声を上げた。
彼女は震える手でその剣を握りしめ、自分に言い聞かせるように首を横に振る。
「き、きっと……この卑劣な野盗どもが、王国軍の輸送部隊を襲って奪ったに決まっています! お父様が、国が、ならず者と手を結ぶなど……そんなこと、絶対にあり得ません!」
王様からもらったお守りのペンダントをギュッと握りしめ、必死に信仰と父親への信頼を守ろうとするアナスタシア。
その姿はあまりにも痛々しく、同時に、彼女がいかに純粋に国を愛しているかが伝わってきた。
(……そうだよね。自分の父親が黒幕だなんて、信じたくないよね)
私はそっと、アナスタシアの肩に手を置いた。
「そうですね。きっと、何かの間違いですよ」
「ヤエ……」
私はあえて、彼女の言葉を肯定した。
無理に真実を突きつけても、今の彼女の心は壊れてしまうだけだ。彼女が自分自身の目で見て、自分自身の心で決断できるその時まで、私が守ってあげればいい。
「さあ、野盗たちも縛り上げましたし、先を急ぎましょうか。魔王領はもう目の前ですよ」
私は能天気に笑いながら、ハルトくんたちの背中を押した。
この偽りの平和な旅路が、決定的な崩壊を迎える『その時』が、もうすぐそこまで迫っているのを感じながら。




