第7話 不穏な着信
「……全く、一体どれだけあるんだよ宿題。これ全部持っていくのか」
「文句言わないでください、これを運ぶのも学級委員の仕事なんですから」
2−1の教室から1つ階段を登り、体育館から反対の方向に廊下をずっと歩くと目に見える予備教室3-1。
週明けの月曜、授業を終えた俺と如月結衣はそこにいた。
「にしても……」
目の前にはこじんまりとした薄暗い部屋を圧迫する段ボールの山。
「これだけの量の宿題をGW中にこなしてこいってなかなか鬼だよな」
俺は近くの机にもたれかかる。
「この学校では授業が比較的早く終わる代わりに自主学習の時間を多く取ることを推奨していますからね、このくらいの量は当然でしょう」
俺の切実な叫びを意に介さないように、如月は各クラスに必要な個数が書かれた紙を見ながら問題集や冊子をクラスごとに分け、淡々と段ボールに詰めていく。
長くすらっと伸びた足と凛とした顔立ち。
膝までスカートで隠れてしまっているものの、だからこそ気品の良さがありありと伝わってくる。
噂によると如月は放課後、常に図書室で勉強しているらしい。
授業の小テストはいつも満点。
意識高い系とかじゃなくて、本当に意識が高くてすごい。
自分とはレベルが違うんだとひしひしと感じる。
「……本当に手伝わなくていいのか? その作業」
ただ見てるだけなのは落ち着かなくて、声をかける。
「大丈夫です。これは生徒会の仕事なので。唯さんは教室まで運んでもらえれば十分です」
如月は作業を続けながらこちらを見ずに答える。
「いや、でも問題集とか重いでしょ。よかったら」
「平気です。むしろ数え間違えられたりしたら大変なので」
如月は強い口調でキッパリと返した。その目は鋭い。
「……そうか」
そう言われちゃったらしょうがない。
しばらく、俺はぼんやりと窓から野球部の練習を眺めていた。
「そういえば、大広さんはどうされたんでしょう」
如月は淡々と尋ねる。
「なんか急に予定が入ったってさ。すぐ来るとは言ってたけど」
噂をしていると、ちょうど扉ががらがらと開いた。
「ごめんお待たせー。ちょっと長引いちゃって」
「いや、今から運びに行こうと思ってた所だよ。なんかあったのか」
大広はらしくない様子で少し目線を下に逸らしながら答える。
「……ちょっとね。それよりさ」
再び俺たちの方に目線を戻し、バンっと積まれたダンボールを、まるで眠っている雄ライオンと対峙したみたいにまじまじと見つめる。
「これって、2年生の分?やっぱり皆勢揃いするとボリュームがエグいね」
「いえ、これ全部2-1の分です」
如月の端的な返答に、大広の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
「え、うそ。だってクラスが大体30人だから30等分して一人当たりが……。終わる気しないんだけど」
やっぱりやばいよなこの量。俺は大広を待っている間に思っていたことを口走ってみる。
「わかる。一人だと絶対終わる気しないからGWのどっかでみんなで勉強会やろうぜ」
大広はさっきまでの絶望が嘘だったように表情をパッと明るくして、俺の手を両手で握ってきた。
「佑人くん! それ最高! 結衣ちゃんもどうかな!?」
「え、ええ、まあ、予定は入ってないので大丈夫だと思います」
如月の面食らった様子もまるで気にせず、俺の手を掴んだままオーバーなくらい腕をブンブンと振る。やめろちぎれる痛い痛い。
「やったー! いっぱい結衣ちゃんに質問しちゃおっーと」
「おい、あんまり如月を困らせるなよ」
「えへへー」
大広はいかにも反省していなさそうに目尻を下げて、ダンボールを胸の前に抱えて俺と共に部屋を出た。
如月は他のクラスの分の分類がまだ残っているらしい。
まあ、体を壊さない程度で頑張ってほしい。
如月に軽く会釈して扉を閉め、あらかじめ踊り場に積んでおいたダンボールを手に取る。
俺が2箱、大広が1箱。
「佑人くん大丈夫? 前見える?」
「うーん……見えないな。前歩いてもらっていいか?」
「もちろん! 佑人くんに多く持ってもらってるんだから当然!」
足を踏み外さないようにゆっくりと階段を降りる。
「やけに距離近かったけど、如月と知り合いなの?」
「ううん、結衣ちゃんとは今日初めて話した!」
ダンボール越しでも大広の声は晴れやかだ。
「すごいな……流石のコミュ力」
「そうかなー。よく言われるけど、私は普通に話してるつもりなんだよ」
「すごいと思うぞ。俺もちょっと話したけど、あいつツンツンしててさ」
大広はばっと振り返ってイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「じゃあデレなところもあるんじゃない」
「どうだかな」
大広ならまだしも、俺にはあの結界の中に入れる気はしない。
-☆-
教室に着くと残っている生徒がパラパラといて、談笑したり塾のテキストと睨めっこしたりしている。
その中には寺井や姫乃といった運動部に所属している人間もいる。
今日は部活が休みなんだろう。
大広に教室の扉を開けてもらい、段ボールを黒板前に下ろした。
「二人ともおつかれ!そのダンボールは?」
「真太郎お楽しみのGWのプレゼントだよ」
俺は取り繕った声で答えた。
「げ、まさか宿題か?! 誰も楽しみにしてないぞ」
寺井は肩をすくめてしょぼくれる。相変わらずわかりやすいやつだ。
寺井の表情の変わりように共鳴するように姫乃は眉を顰めて嘆く。
「なんでこんなバカみたいな量の宿題を出すのかしら。絶対GWだけじゃ終わらないじゃない。……自習室で監獄生活だわ」
「ひめっち、部活終わった後に自習室行くとか偉いなあ。俺とか疲れ果ててそんな気にならないよ」
「まあ混んでて入れない時もあるけどね。あと寺井、褒めてくれてるところ悪いけど、次その呼び方したら絶交ね。前も言ったけど」
「うええ?! ひどいよひめ……姫乃」
淡々とイエローカードを出す姫乃とは対照的に、寺井は涙目だ。
ダンボールを教室の片隅に置いた後、大広は姫乃たちのところへ行き勉強会のことを持ち出した。
「勉強会?」
「そうそう! GW中にみんな予定空いてる時にやろうってさっき佑人くんが提案してくれたんだ。有紗ちゃんはどうかな?」
姫乃はスマホでカレンダーのアプリを開く。
「部活ある日もあるけど、基本的に大丈夫よ。やりましょう」
姫乃がそう微笑むと、大広は次なる候補者のもとへ。
「寺井くんはどう?」
「お、俺?! 行ってもいいのか?!」
「もちろん! 来てくれると嬉しいなー」
おい、大広に誘われたからって鼻の下を伸ばすな。
寺井の情けない面を見た姫乃は呆れたようにため息をついている。
そんなこんなで、ここにいない黒水や八坂も後で誘って、なるべく部活動が被らない日程を探して勉強会をすることになった。
「でも場所はどうする? 自習室だと喋れないな」
「佑人、勉強会はおしゃべりする場じゃないのよ」
姫乃はニヤッとしながらペンを回す。
「そりゃそうだけど、無言はなんか寂しいだろ」
「間違いない! お菓子とか食いながらやりたいよな!」
寺井の机に広げられたノートは白紙のままだ。
というか筆箱のチャックも閉じたままだ。……何してたんだこいつ。
ずっとウズウズしていた大広から、堰を切ったように言葉が飛び出す。
「それじゃあさ、私の家でやらない?」
大広は机に手をついて身を乗り出すように言った。
「私はいいけど……玲夏ちゃんは大丈夫なの?」
「うん! 一応お母さんに聞いてみるけど、大丈夫だと思う!」
目を輝かせる大広。
お家にお邪魔するのは申し訳ないけど、ここはお言葉に甘えることにした。
-☆-
その日の放課後、塾を終え、最寄駅の改札を抜けた。
春分から1ヶ月経ったとはいえ、外はすっかり暗くなり空には雲にまぎれて星たちがぼんやりと輝いている。
信号待ちでなんとなくスマホを開くと、ラインの通知が2通。
新しくできたグループラインに黒水と八坂からのメッセージが送られている。
あいつらも勉強会に行けるみたいでよかった。
スマホをポケットにしまうとすると、手元が震える。着信が来た。
画面に表示されたのは大広玲夏の文字。




