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第6話 泣き顔をごまかす君

 委員会を終え、俺と大広は学校近くのカフェチェーン店に来ていた。

 ほんとは早く家に帰ってゴロゴロしたかったんだけど、


 「数学がわからなくておいていかれそうで怖いから、一緒に勉強してくれない……?」


 と上目遣いの大広から頼まれて断れる奴はいないだろう。


 大広は期間限定の桃のドリンクを、俺はいつも頼んでいる抹茶のドリンクを注文して二人席についた。

 店内はコーヒーの香りに混じって、甘い香りが漂う。

 平日だからだろうか、空席が目立つ。


「先輩たちと仲良いんだね」


 ストローの袋を開けながら俺はさっきの委員会での大広たちの様子を思い出す。


「うん! いつも甘えさせてもらってるんだー」


 ドリンクにストローを刺して飲む大広。

 ばっと口を離し、何かを思い出したように目を見開く。


「しかもね、仲田先輩も文乃先輩も、都選抜に選ばれてるんだよ。すごいでしょ!」


「そりゃあすごいな。なんか2人お似合いって感じだったしな」


「ほんと、そうだよねー!」


 屈託のない笑顔。これだけ先輩たちと仲良さそうなんだから、さっきの文乃先輩の表情はきっと気のせいだったんだろう。


-☆-


 そんなふうに他愛もない話をしながらふとドリンクを手に取ると、その水滴がテーブルに太い輪っかを作っていた。

 持っているドリンクは最初の半分ほどしかない。

 ここにきて、俺はようやく思い出した。


「……って勉強しに来たんだったよな、忘れてた」


「もうっ。忘れてたままでよかったのに」


 玲夏がわざとらしく頬を膨らませると、示し合わせるわけでもなく、俺たちはクスクスと笑いあった。

 

 とりあえず今日出された宿題に取り組むことにする。

 机に広げられたのは数学の問題集とノート。あと筆箱。

 なんかこの状況。

 放課後デートみたいだなという考えが頭をよぎり、首を振っていると、

「なんだか放課後デートみたいだね」

 大広はおどけるようにして言った。


 全く同じこと考えてたなんて。

 内心照れながら、俺は頷いた。

 

-☆-


 黙々と問題を解いていたが、ふと前を見ると大広のペンが止まっていることに気づく。


「わからないところがあるの?」


 そう尋ねると大広は声に出さず首を縦にふる。

 その様子が可愛かったけど、からかったら可哀想だなと思い彼女の隣に行く。


「どこ?」


「この問題」


 そう言って問題集の一角を指さす大広の声は、いつと違って少し弱々しかった。


「ああ、これは……」


「――そっか、そうやればいいんだね。ありがとう!」


 飲み込みが早くて助かる。いつもの笑顔が戻って何よりだ。


 

 しばらくすると、また大広のペンが止まっている。

 さっき教えたところとは別の分野の問題のようだ。

 まあ俺はあらかた宿題が終わったところだったから、また教えてあげるか。


 そう思って顔を上げて大広を見ると、目が赤くなっており、手がプルプル震えている。


 「大丈夫?」


 心配になり声をかけると、大広は我に返ったように笑顔になり、目元をこする。


 「ごめんごめん、ちょっと眠くて……またわからないところがあるんだけど、いいかな?」


 そんなわかりやすい嘘をつくなんて。

 別にわからない問題があっても大したことないのに……と心の中で思う。


「全然大丈夫だよ、そのために来たんだし」


 俺の言葉を聞いて、大広はいつもよりしんみりとした笑顔で、少し目を逸らしながら「ありがとう」と答えてくれた。


 誰かに助けを求められて、自分から進んで手を差し伸べる。

 そういう、何度も助けに行く感覚がなんだか懐かしいものに感じられた。


-☆-

 

「よーし! とりあえず今日の分まで追いついた!」


 そう言って大広はバタンと問題集を閉じる。

 窓から外を見ると夕陽が見えていた。


「よく頑張ったな」


 お世辞ではなく心からそう思った。


「ありがとう」


 そう答える大広の穏やかな顔を見て、つい聞きたくなってしまった。


「1つ聞いてもいいか」


 大広はなんでもないというふうに、うなずいた。


「大広ってどうしていつも明るくいられるんだ?」


 彼女と出会ってから約一週間。

 それはずっと心の中でうっすらと感じていたことだった。

 先生や友達から何か頼み事をされたときも嫌な顔ひとつせず笑顔でいる姿が、眩しく、不思議だった。

 大広はわざとらしく口を尖らせる。


「ちょっと、名前で呼んでくれるんじゃなかったのー」


「ああ、ごめん……ちょっとまだ恥ずかしくて」


「大丈夫、気にしてないから。名前で呼んでくれた方が嬉しいけどね」


 大広は話を本題に戻す。


「たまにぶりっ子だとか、あざといとか言われることはあるけど、そういうのは全然気にしてないよ……て言ったら嘘だけどね」


 そう言って目を伏せる大広を見て、俺は慌てて言葉を付け加える。


「俺はあざといとか、そんなことは全く思ってない」


 分かってるよ、と言って大広は笑った。

 そして、どこか昔を思い出すように遠くを見る。


「私にとってのヒーローがいて、その人が『大丈夫』って何度も言ってくれたから、かな。明るく、楽しくいようって思ったのは」


 そう言うとこちらをじっと見つめる。


「すごく、大切な思い出なの」


 ヒーロー。

 その言葉は昔の自分がすごく大切にした憧れで。

 今の自分にしてみれば諦めた夢で。

 彼女から偶然出たその言葉に思わず動揺してしまう。

 

 なんて返せばいいか迷っていると、大広は勢いよく立ち上がった。


「今日は勉強教えてくれてありがとうね! 暗くなってきたし、帰ろ!」


 素早く荷物をまとめ、颯爽さっそうと出口へと向かう彼女につられるようにして俺も店を出た。

 

 もう、本物のヒーローを目指してなんかいない。

 そんな今の俺には、真っ赤に染まる夕焼け空が眩しく映った。

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