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第5話 文乃先輩の伏せ顔

 俺は大広と共に3-1に向かっていた。

 廊下には俺たちと同じように、談笑しながら移動している生徒がちらほらいる。


 今日は月に一度の委員会。

 体育委員、図書委員など、各委員ごとに集まって小一時間の会議がある。

 まあ委員会といっても既定路線の内容を説明されるだけで、正直たいした意味があるとは思っていない。


「へー! 佑人くん去年も学級委員やってたんだ!」


「まあ、誰もやりたくなさそうだったからな……そっちは去年やらなかったのか?」


 あのとき玲夏って呼ぶ、と言っておきながら、なんか恥ずかしくてあれ以来玲夏って呼んだことはない。


「やりたかったんだけど、じゃんけんで負けちゃってねー」

 

 そう言って首をかしげながら横を歩いていた玲夏は、急に立ち止まった。

 何事かと振り返ると、大広は目を輝かせている。


「わかった佑人くん! じゃんけんの練習をすればよかったんだね」


 まるで、世紀の大発明みたいに声を弾ませる。


「…それはちょっと違うんじゃないかな」


 相変わらず大広は、どこか抜けている。



 そんな風に大広と話しながら俺はガラッと教室の扉を開ける。

 すでに教室は席がU字型に移動されていた。


 入るやいなや、大広は笑顔で教室の奥の方へと駆け寄った。

 どうやら部活の先輩のようだ。

 1人で席に座って待っているのもなんとなく肩身が狭い……特に用事もないけど大広の方に行くか。


 大広は先輩2人と楽しそうに話している。

 俺が近づくと、その中の一人とぱっと目が合った。

 俺よりも少しだけ背の高い、好青年といった印象。


「こんにちは、君が玲夏と一緒に学級委員やってる唯くん?」


「はい、そうですが……」


「君のことは聞いてるよ。よく彼女が君の話をするからね」


 そう言って目を向けられた大広は特に恥ずかしがる様子もなく、先輩の方を見てニコニコしている。


「僕は仲田隼人なかたはやと、男バレの部長でいつも玲夏とは仲良くさせてもらってるよ。よろしくね」


 そう言って差し出された手を握り返すと


「……痛!」


 強く握られる。突然の悪戯に思わず飛び上がってしまう。


「はは、いいリアクションするね」


 顔色変えずに何やってるんだこの人。

 仲田先輩にサイコパスの容疑をかけていると、「ごめんごめん、悪気はなかったんだ」と真面目なトーンで謝ってきた。

 それなら、まあ冤罪ということにしておこう。


「ほら後輩にダル絡みするんじゃないよ」


 そういって横から仲田先輩の肩を叩いたのは文乃あやの先輩。

 大広がそう呼んでいた。女バレの先輩らしい。

 黒のショートカットで、背が高く、いかにもバレー向きといった風貌をしている。  

 切れ目が鋭く、凛とした佇まい。


「ごめんね、後輩くん」


 文乃先輩の顔は優しかったが、どこかよそ行きだ。


「文乃、俺は唯くんと仲良くしたいだけなんだよ」


「またそういうこと言って」


 対照的に、仲田先輩と話す文乃先輩の表情には壁といったものを一切感じず、付き合っているのかと思うほどの距離だった

 ……本当に付き合ってるのかもな。


-☆-

 

 委員長の号令で学級委員会が始まった。

 とはいっても、去年と同じように配られた資料の内容を説明しているだけなので、指示を受けるとき以外は特にやることがない。

 頬杖をつきながらなんとなく黒板の方を見れば見知った奴が一人。


結衣ゆいちゃん、生徒会副委員長らしいよ」


 委員長の声だけが響く静かな教室で、隣に座る大広のひそひそとした声が耳をくすぐる。

 如月きさらぎ結衣ゆい

 長い黒髪は後頭部のところでシンプルにまとめられており、長身のスタイルの良さを持ちながらもスカートはしっかり膝下までかかっている。

 いかにも優等生といった感じの風貌だ。

 玲夏が手を挙げなかったらきっと学級委員に立候補していただろう。

 如月は委員長の話を聞きながら淡々と黒板に必要事項を書いている。

 振り返った彼女の黒縁の眼鏡が、コソコソ話をしている俺たちを睨んだような気がしたが、きっと気のせいだろう。


-☆-


「それでは、組が同じ3学年で集まって今月の目標を達成するための具体的な取り組みについて考えてみてください」


 委員長が声のトーンを上げて移動を促す。

 ということで3−1、2−1、1−1の学級委員が集まる。

 3−1の二人は先ほど大広が絡みに行っていた仲田先輩と文乃先輩だ。

 こうやって知り合い同士で集まると仕事そっちのけで雑談に興じることも多い。

 しかし彼らは意外にもその辺の切り替えはできているようで、適度な雑談を挟みながらも和やかに話し合いが進む。

 高校に入ってまだ間もない1年生二人もその様子を見て緊張の糸が解けたようで、いくつか意見を出してくれて助かった。

 

 一通り話し合いが済んだところで仲田先輩はペンを置き、伸びをする。


「まあとりあえずこんなところか。あとは雑談タイムかな」


「ちょっと隼人、委員会中なんだからちゃんとしないと。後輩も見てるし」


 文乃先輩は眉をひそめる。


「ええー、でも終わったんだしちょっとぐらいいいじゃん」


「……全く。ちょっとだけね」


 痴話喧嘩ちわげんかかな。

 俺は地雷を踏まないように口を挟んだ。


「先輩たち、仲良いですね」


「ああ、文乃とはもう2年以上の付き合いだしな。いつも面倒見てやってるんだ」


「何言ってんの、逆でしょ」


 そんな微笑ましいやりとりを見て、俺と大広は目を見合わせて笑った。


「私には、君たちの方が仲良いように見えるわ」


 そう言って文乃先輩は俺と大広を指さす。


「本当ですか?!」

「確かにな。二人は昔からの知り合いなのかい?」


「いや、実は知り合ったばかりなんですよ、ね?」


 そう言って横を向くと、大広はわずかに俺と目を合わせた後、


「そうなんです! 友達になったばかりです!」


と先輩の方に向き直る。


「二人、なんだかお似合いね」


 そう言ってじっと見つめる文乃先輩は口角こそ上げていたものの、目はなんだか笑っていないように見えた。

 そしてその視線は、玲夏だけに向いていた。


-☆-

 

 委員会も終わり、机を所定の位置に戻す摩擦音がいくつも重なる。

 さっと片付け終えた仲田先輩が大広の元へ駆け寄ってきた。


「部活一緒に行こうぜ」


 誘われるのは特に珍しいことじゃないのだろう。

 大広も眉尻を下げながらなんのけなしに答える。


「ちょっと課題が結構残ってて、今日はそれやろうと思ってます。すみません」


 両手を合わせる大広に、仲田先輩は「そうだったのか。ごめんごめん」と子供みたいなくしゃりとした笑顔をして文乃先輩のところに帰っていった。


 仲田先輩と話す文乃先輩は、雨が降らないか心配しているような、そんな顔をしているような気がした。

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