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第8話 告白

 彼女から電話をかけてくるのは初めてじゃないけど、なんとなく襟元を整えてから電話に出る。


「もしもし」


「もしもし、佑人くん? 今電話大丈夫かな」


「ああ、大丈夫。どうかしたのか」


「えっとね……」


 大広が電話越しに深呼吸しているのが伝わる。

 なんとなく軽い話じゃないような気がして、俺は大広が話すのを静かに待つ。


「……今日、放課後用事があるって言って佑人くんのとこにいくの遅れたでしょ。実はね……3年の仲田なかた先輩ってわかる?」


「ああ、委員会のときに話した人だよな?」


「そうそう。実は今日あの時仲田先輩に体育倉庫の近くに呼び出されて、告白、なのかな。好きですって言われて、私は仲田先輩のことは先輩としてはすっごく好きだけどなんていうか、そういう感じでは見てなくて、だからごめんなさいって言ったんだけど」


「うん」


 仲田先輩が大広に告白し、大広は断った。

 この2つの事実に頭が追いつかない。


 が、それよりも。大広の呼吸が少し浅くなっているのを感じて。


「仲田先輩はそっかしょうがないね、って言って帰っていったの。ちょっと胸が痛かったけどちゃんと正直に答えた方がいいと思ったからこれはいいんだけど……仲田先輩が帰った後にね、後ろから文乃あやの先輩の声がして」


 大広の声が徐々に涙ぐんだものになっていき声が途切れる。

 委員会のとき、玲夏に不気味に視線を送っていた文乃先輩の姿が頭に浮かぶ。

 話の流れからして嫌な予感がした俺は近くのベンチに腰掛けた。お尻の辺りがひんやりとする。


「ごめんね、えっと、文乃先輩から「なんで断ったの」って言われて。すごい怖い顔してて」


「うん」


「なんて答えていいかわかんなくて、すごく怖くて、「ごめんなさい」って言って逃げて、そのまま佑人くんのところに来ちゃったの」


「そっか」


 話の概要はつかめた。

 正直言って大広はモテるから、こういう恋愛関係のギスギスしたことって慣れているのかなと思っていた。

 でも、電話越しでも大広が動揺しているのが伝わる。

 そんな状況でもあの後俺たちに対して気丈に振る舞っていたのか。


 何か声をかけて大広の気持ちを楽にしたい。でも、言葉が出てこない。

 

 玲夏は悪くないよ。

 文乃先輩ってひどいね。

 

 どれもしっくりこない。俺は相槌を打つことしかできなかった。


「ごめんね、頭の中がうまくまとまらなくて、文乃さんには明日謝ろうかなって思ってるんだけど」


「……うん、それがいいと思うよ」


 俺は彼女に謝ることがいい選択なのかどうかわからなかったが、なんとなく大広の選択を否定するだけの根拠を持ち合わせていなかった。


 すっかり葉桜になった桜の木が風に揺られてばさばさと音を立てている。


「うん。ありがと、話聞いてくれて……佑人くんにこんな話するつもりじゃなかったのに」


 どこか後悔の混じった愛想笑いが聞こえる。


「この話誰にも言わないでね、他の人には言ってないから」


「ああ、もちろん。秘密にするよ」


「ありがとう、それじゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


 電話越しにおやすみなさいと言われて耳がくすぐったかったが、それ以上に頭の整理がつかずに彼女の言葉が頭の中で反射して響く。


 なんで大広はこの話を俺に伝えたんだろう。


 確かに同じクラスの学級委員として4月になってから仲良くなったとは思う。

 部活終わりにみんなでファミレスに行ったこともあるし、こうやって電話をするのも初めてのことじゃない。

 でも、そうは言ってもこの4月まで話したことのない間柄だったんだぞ。もっと話しやすい人がいるはずだ。


 ふと、始業式の日を思い出す。


『ただゆうとくんだよね、話してみたかったんだ! これからよろしくね!』


 話してみたかった?

 よく考えてみるとおかしい。だって会うのは初めてのはずなのに。

 遠くの方から救急車のサイレンが近づき、やがてまた離れていく。

 

 ……考えすぎか。

 とりあえず俺にできることは大広の話を聞くことぐらいだろう。

 俺はふっと息をついて立ち上がり、まだ肌寒い夜風を背に受けながら家への歩みを再開した。



――

 通話が切れたのを確認して、私は机の上に電話をおく。

 

 ああ、やっちゃったな。

 こんなところ、佑人くんに見せるつもりなかったのに。

 

 手鏡で顔を確認すると、目尻のあたりが赤く腫れてしまっている。

 こんな顔、誰にも見せたくない。

 特に佑人くんには。


 でも、その表情にどこか懐かしさを感じて苦笑してしまう。


 私は頬に伝っていた涙をティッシュで拭いて、お風呂に向かった。

――



 翌日、大広はいつも通りの天真爛漫な様子を貫こうとしていた。

 いつも通り持ち前のお節介を生かして姫乃にダル絡みしていたし、授業中の発表も相変わらず。


 でも、どこか空回り。


 友達から話しかけられてもぼーっとしていたり、何もないところでつまずいたり。

 天然って言えばそれまでだけど、俺には昨日のことを引きずっているように見えた。

 

「なんかおかしいよな」


 昼休み。

 テラスで黒水、八坂と3人で弁当を食べている時に黒水はこう切り出した。

 八坂も言わんとしていることをすぐに理解したようで、軽くうなづいて同調する。


「そうだね、なんというか、心に潜む不安ごとを振り払うような、そんな感じ」


「えっと……なんの話だ?」


「あ? 大広だよ、隠そうとしているけど、今日ずっと苦しそうな顔してないか?」


 やっぱりバレていた。

 昨日電話で聞いた話は秘密だという約束をあらためて胸に刻みながら当たり障りのない返答をする。


「言われてみれば……確かに、何かあったのかな」


「さあ」


 黒水と八坂は特に思い当たる節がないようだ。

 会話が一時静寂を迎えたとき、聞き馴染みのある凛とした声とともに隣に咲夜が腰掛けてきた。


「バレー部の内紛」


「内紛? どういうことだ? てか、お前は」


「私は3組の水瀬咲夜みなせさくや、去年は同じクラスだったはずだけど」


 突然の来客に面食らっている二人を置いて、最小限の自己紹介の後に咲夜はこう続けた。


「休み時間に彼女の話になったのよ。詳しい話は聞けなかったけど、なんでも、昨日部の先輩といざこざがあったとか」


「だいたいそれは誰が言ってたんだよ、それじゃ信用できない」


「申し訳ないけど秘密だと言われたから彼女の名前は出せないわ。ただ、一般的な女の噂話と違って彼女の話には信憑性がある……まあそもそも初対面の私の話が信用できないかもしれないけどね」


 ヒートアップしかけている黒水を落ち着かせながら八坂は話を前に進める。


「えっと、とりあえず水瀬さんの話を信用するとして、部内の話だと第三者である僕たちが首を突っ込むのは慎重になったほうがいいかもね」


「まあ大広が何を言われたかは具体的にはわからないからな、彼女から話してくれるのが一番いいんだけど」


 まるで他人事みたいな言葉を吐きながら、俺は大広に迷惑をかけずに彼らにどれだけ歩み寄れるかを考えていた。

 LINE上のやり取りなら考える時間があるんだけどな。


「とりあえず私と佑人で放課後、バレー部の練習を覗きに行ってみるわ」


 提案としてはそこまで異質なものではないが、なぜ俺と二人なのか。

 その疑問は当然彼らの中にも湧き起こる。

 黒水と八坂は少しばかり顔を見合わせる。


「俺たちも行けるけど」


「人が多いとバレやすいでしょ。もし誰かにバレた時には学級委員の仕事かなんかで適当に誤魔化せると思うし」


 そのための俺か。


「……おい佑人、俺はまだこいつを信頼できてないんだけど」


「大丈夫だよ、咲夜は中学からの知り合いだから」


 咲夜は無言無表情で黒水を見つめる。


「……あっそ。まあ何かやばいことあったら連絡しろよ」


「僕にも声かけてねー」


 黒水と八坂は釈然としない様子だったが、そう言い残してテラスを後にした。

 


「……それで」


 周りに聞き耳を立てている奴がいないことを確認してから、隣に座る咲夜は距離をさらに詰める。

「大広玲夏に何があったか、知ってるんでしょ」


 瞳の奥から俺のことを見透かしているような視線を感じた。


 流石の頭のキレ具合だな。変に誤魔化しても見苦しいだけか。


「ああ、バレてたか。どの辺で察したんだ?」


「さっき佑人、『大広が何を言われたかはわからない』って言ってたでしょ。別に内紛と言ってもいたづらされたり、仲間はずれにされたり色々あるはず。私はそこまで具体的に騒動の内容を述べていなかったのにね」


 言われてみたらその通りだ。

 黒水や八坂に気づかれたら間違いなく突っ込まれていたところだろう。


「それで、何があったの」


 いつも通り、咲夜は無駄なく話を進めてくるが1つ確認しておきたいことがあった。


「ちょっと待ってくれ、なぜ咲夜は大広のことについてそんなに首を突っ込みたがるんだ。お前と大広って仲よかったっけ?」


「小学校が一緒だったわ」


 咲夜は特に顔色を変えず淡々と喋る。そんな偶然があるのか。


「なるほど、そんときから友達だったってことか」


「まあ、そんなところかしら」


 やけに含みを持たせる言い方なのが気にはなったが、周りに人がいないことを確認してから事の顛末を話した。

 

「……そういうことね。教えてくれてありがとう」


「あんまり気分のいい話じゃないよな」


「ええ、それは彼女も苦しそうな顔をするはずね」


 ……お前はいつから俺たちの会話を盗み聞きしてたんだよ。


-☆-


「そういえば」


 弁当を片付けて立ちあがろうとする俺を咲夜は引き止める。


「どうして彼らには言わなかったの、その電話のこと」


「どうしてって……大広に秘密にしてって言われたんだ」


「そう。安心して、秘密にしておくから。私はあなたの味方よ」


 淡々とそういうこと言って。


「咲夜が口軽くないことくらい知ってるよ。巻き込んじゃってごめんな」


「私が巻き込まれにいってるのよ、気にしないで」


 そう言ってさっと扉の方に向かう咲夜の後ろ姿は、いつもより頼もしく、だけど何か引きずっているように見えた。

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