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第14話 朝から修羅場

 翌日、1限を目の前にして教室中がざわついていた。みんなの視線が俺の方に向いている。その目の奥にあるのは驚きか、好奇か、嫉妬か。

 とにかく1つ明確にわかることがある。

 俺は今、修羅場の危機に直面している。


-☆-


 話は十分ほど前に遡る。

 後ろの扉から教室に入った俺はいつものように左から2列目、一番後ろの自分の席に座ろうとしたが、姫乃が窓際から猪突猛進で近づいてくる。


「あんた、ちゃんと説明して!」


 姫乃の剣幕が凄まじい。俺は思わずたじろいでしまう。


「き、昨日ちゃんとラインで説明しただろ」


「あんなんじゃ説明したことになんないでしょ、あれじゃまるで駆け落ちじゃない!」


 教室の空気が歪む。しかし、そうは言ってもわずかだ、まだ耐えの範囲。

 どうにか軌道修正しようと言葉を選んでいると、姫乃は肩をぶつけながら俺とすれ違うようにして走り出す。痛い。


「れいかちゃん!」


 後ろを振り返ると教室と廊下の狭間に玲夏が立っている。玲夏は姫乃の暴れように目を丸くしている。


「昨日は大丈夫だった? あいつに変なことされてない?」


 さらに空気が歪む。

 いよいよ不味くなってきたと感じ、話に割り込もうとするも姫乃が俺を寄せ付けないオーラを出しており、俺は教室の後ろの方で突っ立ったまま。


 前方窓際では黒水と八坂がからかうような目つきでニヤニヤこちらを見ている。黒水はニヤリと口角をあげ、八坂はわざとらしく肩をすくめている。助け舟の1つくらい出してくれ、早く。

 俺の願いも虚しく、あいつらは突っ立ったまま。そして、玲夏はいつも通り、昨日何も嫌のことなんてなかったかのように明るく返した。

 

「大丈夫! 昨日は佑人くんとデートしただけだから」

 

 その瞬間、空気が凍りついた気がした。

 決壊した教室中の視線が玲夏に、そして流れるように俺へと移る。

 

「今、大広さん、唯くんとデートしたって言った?!」

「あいつら付き合ってたのかよ知らなかった」

「まあ確かに学級委員同士だしお似合いだね」

 

 幸いにしてクラスの空気はフラッシュモブの観衆のような濁りの無い雰囲気で、優しい人間が多いことに感謝せざるを得ない。

 ただ、1つ言わせてほしい。


 俺と玲夏が付き合っていると言うのは事実無根だ。


-☆-


「なるほど、そういうことだったのね」


 昼休み、姫乃は俺の論理的な素晴らしい説明に対してぶっきらぼうに答えた。ミニトマトを突き刺す手にはまだ力が残っているように感じた。怖い。


「にしても、同じ幼稚園だったなんてすごい偶然だね。まるで運命みたい」


 八坂のキザっぽいセリフのキザの部分だけ無視して相槌を打つ。寺井がずっと羨ましそうな顔でこちらを見てきているけど、これも無視するに限る。


 幼稚園のころはお互い下の名前でしか認識していなかったから、高一の時は分からなかったわけか。同じクラスでもなかったし。でも玲夏は始業式、俺の顔見て気づいたんだもんな……俺の顔ってそんな変わってないか?


 教室の窓際で机を寄せあい、弁当を食べる俺たち。俺と玲夏以外は他の子の席を借りているが、仲間内で食卓を囲んでいるのは他の子も同じなので特に問題はない。


 黒水は場の空気を仕切り直すように咳払いをする。


「でも結局解決してないんだよな? 大広を泣かせたそいつについて」


「おい、ちょっと声小さくしろよ」


 おそらく無自覚だったのだろう、俺の指摘に対して黒水は「あ、悪い」と頭をかく。


 俺は一度箸を止めて語る。


「俺、最初に付箋を見つけた時は自分だけで解決しようと思ってたんだよ。玲夏には見せない方がいいなと思って」


 窓からの斜光が俺の机の木目を浮かび上がらせている。


「でも、結局一番最悪な選択をしてしまった。ほんとに玲夏には申し訳ない」


 座った状態のままだが玲夏のほうを向いて改めて頭を下げる。玲夏はううんと首を横に振る。


「このカッコつけ、なんで私たちに言わなかったのよ」


 姫乃の目には怒りというよりも疑問の色が強かった。それは、あのとき黒水が投げかけたときと同じ目だった。


「面倒ごとに巻き込んだら申し訳ないかな、とか考えてた」


 俺は姫乃から目を逸らしながら答えた。その返答に姫乃は呆れたようにため息をついた。


「いい? よく聞いて」


 姫乃はそう言うと、否が応でも目を合わせざるを得ないほどじっとこちらを睨む。


「たとえば、今あなたは無人島の浜辺にいます」


 そう言って人差し指を立てる姫乃。水筒をかぱっと開けた寺井は思いついたように姫乃の例え話に首を突っ込む。


「そういや海といったら、夏休み海行こうぜ」


「あんたはだまってて!」


 間髪入れないツッコミにぷっと笑いがこぼれてしまう。

 姫乃はまったく……といって仕切り直す。


「それで、無人島の浜辺でのんびりしていたら、友達が溺れそうになっていました。どうする?」


 俺は質問の真意が掴めずに素直に答える。


「どうするって……そりゃー海に入って助けに行くだろ」


「そうしたら」


 姫乃は少しいたずらっぽく口角を上げて質問を変えた。


「その友達がサメに襲われそうになっていたら?」


 俺は少し迷いながらも答える。


「……それでも助けに行くだろ、友達なんだし」


「即答してたらカッコよかったわね。まあそういうことよ」


 そういって姫乃はいつもは見せないような優しい目をして言葉を続ける。


「友達っていうのは楽しいことだけじゃなくて、辛いことや大変なことも一緒に乗り越えていきたいの。少なくとも私はそう思ってる」


 黒水や八坂、寺井も頷いている。


「大体あんた、当の本人のれいかちゃん巻き込んでるじゃない。れいかちゃんをサメに向かって放り込んだようなもんよ、このアホ」


「……返す言葉もございません」


 そういって背中を曲げていると玲夏をはじめとしてみんながどっと笑い出した。俺もつられて笑う。

 俺は笑いながら、昨日のひとみ先生の話を思い出していた。

 

-☆-


 玲夏と拳をぶつけ合い、雑談をしていたところにひとみ先生は戻ってきた。


「どうやら、ちゃんと話し合えたみたいね」


 先生には俺たちのことがお見通しなのだろう。思わず苦笑いしてしまう。


「そろそろここも閉まっちゃうからお開きかな」


 確かに時計を見ると六時になろうとしている。もうそんな時間だったか。ひとみ先生は俺の方を穏やかな目で見る。


「ゆうとくんに1つアドバイスがあるの」


 その目は今の俺と十年前の僕を同時に捉えているようだった。


「困ったことがあったら自分一人で抱え込まないで友達を頼りなさい。

 幼稚園の頃の君は優しくてかっこよくて、そこは今でも変わらないみたいだけど、一人で何かに立ち向かうことが多かったから」


 そういうとなんとなく固くなった教室の空気を再び柔らかくするように、ひとみ先生は「おせっかいかな」と肩をすくめた。

 俺の目の前にはあの頃と変わらない慈しむような先生の姿があった。


-☆-


 俺は恵まれている。

 俺のことを気にかけて、自分ごとだと思って考えてくれている友達が何人もいる。

 あのとき、屋上から逃げ出し、一人で玲夏を探しに行こうとしていた俺の顔は、きっと自責と焦りに満ちていたはずだ。黒水たちはどう思っていたんだろう。

 幼稚園を出た帰りの電車。

 「ありさちゃんたちになら言っても大丈夫」と言っていた玲夏の顔を思い出す。他人の懐に飛び込み、自分の懐に飛び込ませる勇気と覚悟がなかったんだと自分に苛立つ。

 結局のところ、自分の弱いところを見せたくなかっただけ。

 

「そういえば気になってたんだけどさ」


 八坂はおどけるように両手を広げる。


「唯くんはいつから大広さんを下の名前で呼び始めたの?」


 寺井も白米を口に放り込みながら俺たちを指差す。


「それ、俺も気になってた! やっぱり実は二人って付き合ってるの?」


 俺の箸からミートボールがポトリと落ち、教室中が少し静かになった。5月初旬、たいして暑くもないのにこめかみに汗が流れる。


「ま、まさか、付き合ってないよ。だよね?」


 そう言って玲夏の方を見ると少し目を丸くしていたがすぐに同調した。


「うん、そうだよ」


 教室がいつもの喧騒に戻る。ふう、よかったよかった。

 そう思っていたのに、玲夏は柄にもなく悪い顔をしてすぐに余計な言葉を付け足す。


「まだね」


「うえええええ?!」


 寺井が奇声を上げる。みんなの注目を浴びるのでやめていただきたい。

 俺は冷や汗をかきながらもフォローする。


「ち、違うよ。幼稚園の頃からの知り合いだって思い出したから、下の名前で呼ぶようになったんだよ」


「うふふ、冗談だって、そんなに否定しなくてもいいじゃん佑人くん」


 玲夏がわざとらしく頬を膨らませていると、ちょうどチャイムがなった。4限の予鈴、すなわち昼食の終了時間である。みんなが席に戻るのを見送りながら、尋問から解放されたみたいだと苦笑する。

 左を見ると、玲夏は窓際で肩にかかった髪を風に靡かせて座っている。

 ふとこちらを見てニカっと口角を上げた。

 その吹っ切れたような笑顔がなぜか眩しくて、俺はどうにも目を合わせられなかった。

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