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第15話 動き出す

 体育で汗を流した後、俺は階段を降りて自動販売機まで来ていた。

 持ってきていた水筒では足りなくなったのだ。

 あとは着替えて帰るだけなので我慢すればいいんだけど、体の水分欲には抗えない。


 その辺の自販機より50円ほど安いことに改めて感動しつつ飲み物を選んでいると、急に首元にキンっと強い刺激が走る。


「うおっ!」


 その冷たさから思わず飛び退くと、制服姿の咲夜が口元を隠しながらくすくす笑っていた。


「びっくりした?」


「あ、当たり前だろ」


 俺と比べて頭一個分くらい低い咲夜が手を伸ばして俺の首元に天然水を当てようとしていたところを想像すると、いじらしくて怒るに怒れない。

 自動販売機の目の前は小さな室内広場のような空間になっている。俺たちは近くのベンチに腰掛けた。

 ごくごくとスポーツドリンクが喉を伝って全身に行き渡る快感を感じていると、咲夜が抑揚のない声で聞く。


「あの後、大広さんは大丈夫だったの?」


「ああ……とりあえずはな」


 事態はまだ解決の糸口も掴めていない。そのことを意識すると、うまく笑えない。

 ……そういえばあのとき。

 咲夜の行動を思い出して疑問をぶつける。


「そういや、なんであのとき玲夏があそこにいるってわかったんだ? 普段あそこ通らないだろ」


 咲夜は一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めて質問を質問で返す。


「なんでだと思う?」


「なんでって……あいつのことを探してないとそんなところには行かないけど」


 そこまで行って気づく。もしかして。


「屋上でのこと、知ってたのか?」


 咲夜は眉をぴくっとあげ、イタズラっぽく笑う。


「……へー、屋上で何かあったんだ? 私は下を向いて廊下を走っていく彼女を見て心配で追いかけて行っただけなんだけど」


 しまった。墓穴を掘ってしまった。というか、こいつに嵌められたな。

 勘の鋭い咲夜のことだ。ここで変な誤魔化しはできない。


 ということで周りに人がいないことを確認しながら説明した。と言っても幼稚園での具体的な会話の内容については伏せている。流石に恥ずかしいから。

 咲夜は相変わらずのジト目をこちらに向けたまま、特に表情を変えることなく聞いていた。


 俺が話し終えると咲夜は天然水を飲み、喉を鳴らす。口元を伝う水雫がキラリと光る。


「つまり、何も解決してないってことでいい?」


 思わぬ辛口のコメントにうろたえてしまうが、特にこちらの様子も気にすることなく咲夜は続ける。


「その仲田先輩のラインは知ってる?」


「……いや、知らないけど。咲夜は知ってるのか?」


「私が知ってるわけないじゃない」


 話のつかみどころがわからず困惑していると、咲夜は座ったままにじり寄り、肩と肩が触れ合うくらいまで距離を近づける。

 こいつ妙に距離感バグってるんだよな。体操服だから実質素肌みたいなもんだし心臓に悪い。

 俺の動揺を意に介さず、咲夜は人差し指を立てる。


「私が言いたいのは、仲田先輩にも話を聞いた方がいいんじゃないかってこと」


 人差し指を立てた方と逆の手が、俺の太ももをかすめる。客観的に見てあまりにも近くてまずい状態なので止めようと口を開きかけるが、行動とは裏腹に大事なことを言っているから、俺も変に茶化したりはできない。


「た、確かにな。そもそも、俺の中では文乃先輩が玲夏に対して怒る理由がわからないんだよ。玲夏は仲田先輩の告白に対して断っているはずだろ?」


「彼の告白を受けたならまだしもね」


 そういうと咲夜は俺から離れて正常な体勢に戻った。気づかれないように深呼吸をする。


「とりあえず俺、何かのツテで仲田先輩のラインをゲットして話してみるわ。文乃先輩の真意がわからないと先に進めないと思うから」


 時計を見ると着替え終わった女子が教室に戻ってきている頃だ。少々面倒だが部室にでも行ってから着替えるとするか。

 何はともあれ、咲夜のおかげで問題を解決するために何をするべきかはっきりした。

 俺は咲夜にまたなと言って階段を駆け上った。今度は一歩一歩、踏み外さないように。


 教室に戻ると入り口近くに見覚えのある顔があった。


「あー久しぶり、唯くん」


 仲田先輩だ。短髪でいかにもスポーツマンといった風格を漂わせている。

 都合のいいタイミングだが、ここは慎重に。


「お久しぶりです。どうしたんですか先輩」


 そう声をかけると仲田先輩はばつの悪そうな顔をして頭をかく。


「ちょっと二人で話したいんだけど、今から時間ある?」


「今日は部活休みなので大丈夫ですよ。あ、でも着替えなきゃいけないんで部室行くんですけど、ちょっと待ってもらっていいですか」


「いやいや、俺からお願いしたんだからさ。ついていくよ」


 そう言って仲田先輩はリュックを背負った。


-☆-


「それで、話ってなんのことですか」


 部室に向かう渡り廊下。人気が少なく、俺たちの靴の音だけが響いている。

 仲田先輩はその中でも慎重に周りを見ながら小声で答える。


「実は文乃のことでね」


 やっぱりか。


「……文乃先輩から聞いたんですね、あのこと」


「いや、そうじゃなくて……」


 仲田先輩は前から女バレの練習着姿の玲夏が走ってくるのを見てすぐに口を閉じる。女バレ、今日は部活あるんだな。


「あれ、佑人くんと仲田先輩。二人が一緒って珍しいですね」


 この二人の組み合わせを不思議がっているようだが、仲田先輩との間に特に距離があるようには感じない。当の本人も、つい最近フラれたことを気にする様子も見せずにあっけらかんと答える。


「唯くんの着替えを覗こうと思ってね」


「何言ってるんですか」


 しょーもないやりとりを見て玲夏は笑ってくれた。

 奥から玲夏と同じ練習着の格好をした子が走ってきた。


「玲夏先輩、準備一緒について行っていいですか?」


「えー? 一人でも大丈夫だよ」


「先輩とお話ししたいんです!」


 愛嬌のある後輩の言葉に玲夏は顔を綻ばせて彼女の髪をわしゃわしゃする。


「もーしょうがないなあ。じゃあ先輩、佑人くん、また!」


 彼女が通り過ぎた後、俺は小声で呟くように言う。


「すみません、やっぱり後で話しましょう」


「ああ、そうだな」


 ……仲田先輩が例の一件に対してどう思っているのかわからない。

 彼は味方か敵か。そんなことを考える自分の胸が、やけに無機質なものに思えた。


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