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ハネムーン・パケットの消失

「佳子さん、このホテルのチェックイン、QRコード一つでフロントを通らずに完了デプロイできる仕様ですよ」


シンガポール、チャンギ空港に降り立った河上杉雄は、タブレットを操作しながら満足げに言った。新婚旅行の全行程は、彼が作成した「ハネムーン・プロジェクト計画書(ガントチャート付)」によって完璧に管理されている。


「さすが杉雄さん。物理的なインターフェース(会話)を最小限にする設計ね」

私たちは、最新鋭のスマートホテルに到着した。

しかし、自動チェックイン機の前に立った瞬間、システムが「砂時計」のまま固まった。


『Error 500: Internal Server Error』


「……杉雄さん、エラーを吐いたわよ」

「おかしい。私の事前シミュレーションでは、この時間帯のサーバー負荷は低いはずですが……」


彼はすぐさまスマホでホテルのAPIステータスを確認し始めたが、追い打ちをかけるように、私のスマホの画面が真っ暗になった。

「あ、私のスマホ……熱暴走かしら? 起動しない」

シンガポールの高湿度と猛暑(物理環境の過酷さ)が、私のデバイスの限界を超えさせたらしい。杉雄さんの計画書も、私の「翻訳ブリッジ」用アプリも、すべてがオフラインになった。


「佳子さん、落ち着いてください。バックアップの……バックアップの紙の予約票が……」

「杉雄さん、カバンの中を探しても無駄よ。さっき『ペーパーレスは正義だ』って言って、空港のゴミ箱に捨てたじゃない」

完璧な論理ロジックで構築された旅が、わずか数分の「ハードウェア故障」と「サーバーダウン」で、ただの途方に暮れた男女の立ち往生へと書き換えられた。


「……致命的な設計ミスです。私は、現地インフラ(物理レイヤー)の脆弱性を軽視していました」

真っ青になる杉雄さん。私は彼の手を引き、あえて「アナログな窓口」へと向かった。


「大丈夫よ、杉雄さん。こういう時は『手動マニュアル介入』が一番確実だから」

私は、片言の英語とジェスチャーを駆使して、フロントのスタッフに事情を説明した。

「スマホが壊れた」「予約番号がわからない」「でも、私たちは今日結婚したばかりで、とても困っている」


スタッフは笑って、「おめでとう! 問題ないよ、パスポートさえあれば」と、あっさりとカードキーを発行してくれた。

部屋に入り、冷房の効いた空間で一息つくと、杉雄さんはホテルのテラスから見える近未来的な景色を眺めながら、ボソリと呟いた。


「……佳子さんの『例外処理(トラブル対応)』能力には、いつも驚かされます。私の組んだコードよりも、ずっと柔軟で、堅牢ロバストだ」

「ふふ。システムが止まっても、人間というOSは動き続けるのよ。さあ、計画書は忘れて、今日は適当に歩きましょう? バグ探しの散歩も楽しいわよ」

「……そうですね。仕様書にない『未知の挙動』を楽しむのも、たまには悪くありません」


私たちは、やはり手を繋がない。

けれど、夕暮れのガーデンズ・バイ・ザ・ベイの下、同期シンクロした歩幅で、計算不能な「夜の街」へと繰り出した。




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