社内アナウンスと、選定理由(RFP)の回答
月曜日の昼下がり。南青山のオフィスに近い定食屋で、いつものメンバーと焼き魚定食を囲んでいた。
「……というわけで、入籍することにしたの」
私が割り箸を割りながら淡々と告げると、同僚の佐藤さんと田所さんの動きが止まった。まるでデッドロックを起こしたシステムのように。
「えっ、あの……エクセルでガントチャート持ってきた彼と!?」
「木内っちゃん、本気!? あの『仕様確認』とか言っちゃう理屈の塊みたいな人と、一生パッチ当て続けるつもり?」
佐藤さんが、信じられないという顔で身を乗り出す。
システム子会社で働く私たちは、日頃から「理屈」や「論理」に疲れ果てている。プライベートくらいは、もっと直感的で、ふわふわした「情緒」に包まれたいというのが彼女たちの本音なのだ。
「一体、彼のどこに決定打があったのよ。もっと他にも、UIのいい男がいたでしょうに」
田所さんのツッコミに、私は銀ダラの煮付けを一口運び、ゆっくりと咀嚼してから答えた。
「……UI(外見)やUX(心地よさ)は、後からいくらでもアップデートできるわ。でもね、彼の『バックエンド』は、驚くほど堅牢だったのよ」
「バックエンド?」
「そう。嘘をつかない。仕様を誤魔化さない。そして、トラブルが起きた時に、感情を爆発させる前に『原因と対策』を一緒に考えてくれる。……私たち、仕事で散々『言った言わない』や『隠蔽されたバグ』に泣かされてきたじゃない?」
二人が、ハッとしたように顔を見合わせた。
「恋愛のキラキラした魔法なんて、せいぜい試用期間で終わるわ。でも、人生っていう本番環境は、何十年も続くのよ。深夜にエラーが出た時に、逃げずに一緒にログを追ってくれるパートナー。それって、最高の『可用性』だと思わない?」
私の言葉に、給湯室の主のような佐藤さんが、深く溜息をついた。
「……確かに。私の元カレなんて、都合が悪くなるとすぐに応答なし(タイムアウト)だったわ」
「私の夫も、家事の仕様変更を頼むと『聞いてない』ってエラーメッセージしか返さないしね」
二人の顔に、納得のいろが広がっていく。
木内さんが選んだのは、ときめきという名の不安定なフリーウェアではなく、誠実さという名の「フルスクラッチで組まれた、信頼の基幹システム」なのだと。
「それにね、」
私は少し照れくさくなって、ベリーショートの襟足を触った。
「彼、私の『グレイヘアへの移行計画』を、長期ロードマップとして承認してくれたの。メンテナンス性が高くて合理的だって、褒めてくれたわ」
「……それ、惚気なの? 呪文なの?」
笑い声が上がり、重苦しかった空気は「正常終了」へと向かう。
「木内っちゃん、おめでとう。そのガチガチのシステム、しっかり保守(運用)しなさいよ」
「たまには二人で、リブート(リフレッシュ)旅行でも行きなさいね」
仲間に承認され、私はようやく少しだけ肩の荷が下りた気がした。
午後の業務。PCの画面に向かいながら、彼から届いた短いメールを開く。
『今日の夕食、肉じゃがのバッチ処理(予約調理)、完了しています』
私はキーボードを叩く指を止め、ふっと微笑んだ。
私たちは繋がらない。
でも、この確かな「同期」があれば、きっと大丈夫だ。




