表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/46

社内アナウンスと、選定理由(RFP)の回答

月曜日の昼下がり。南青山のオフィスに近い定食屋で、いつものメンバーと焼き魚定食を囲んでいた。


「……というわけで、入籍することにしたの」

私が割り箸を割りながら淡々と告げると、同僚の佐藤さんと田所さんの動きが止まった。まるでデッドロックを起こしたシステムのように。


「えっ、あの……エクセルでガントチャート持ってきた彼と!?」

「木内っちゃん、本気!? あの『仕様確認』とか言っちゃう理屈の塊みたいな人と、一生パッチ当て続けるつもり?」

佐藤さんが、信じられないという顔で身を乗り出す。


システム子会社で働く私たちは、日頃から「理屈」や「論理」に疲れ果てている。プライベートくらいは、もっと直感的で、ふわふわした「情緒」に包まれたいというのが彼女たちの本音なのだ。


「一体、彼のどこに決定打クリティカル・ヒットがあったのよ。もっと他にも、UIのいい男がいたでしょうに」

田所さんのツッコミに、私は銀ダラの煮付けを一口運び、ゆっくりと咀嚼してから答えた。

「……UI(外見)やUX(心地よさ)は、後からいくらでもアップデートできるわ。でもね、彼の『バックエンド』は、驚くほど堅牢だったのよ」


「バックエンド?」

「そう。嘘をつかない。仕様を誤魔化さない。そして、トラブルが起きた時に、感情を爆発させる前に『原因と対策』を一緒に考えてくれる。……私たち、仕事で散々『言った言わない』や『隠蔽されたバグ』に泣かされてきたじゃない?」


二人が、ハッとしたように顔を見合わせた。

「恋愛のキラキラした魔法なんて、せいぜい試用期間トライアルで終わるわ。でも、人生っていう本番環境は、何十年も続くのよ。深夜にエラーが出た時に、逃げずに一緒にログを追ってくれるパートナー。それって、最高の『可用性アベイラビリティ』だと思わない?」


私の言葉に、給湯室の主のような佐藤さんが、深く溜息をついた。

「……確かに。私の元カレなんて、都合が悪くなるとすぐに応答なし(タイムアウト)だったわ」

「私の夫も、家事の仕様変更を頼むと『聞いてない』ってエラーメッセージしか返さないしね」

二人の顔に、納得のいろが広がっていく。


木内さんが選んだのは、ときめきという名の不安定なフリーウェアではなく、誠実さという名の「フルスクラッチで組まれた、信頼の基幹システム」なのだと。


「それにね、」

私は少し照れくさくなって、ベリーショートの襟足を触った。

「彼、私の『グレイヘアへの移行計画』を、長期ロードマップとして承認してくれたの。メンテナンス性が高くて合理的だって、褒めてくれたわ」


「……それ、惚気のろけなの? 呪文なの?」

笑い声が上がり、重苦しかった空気は「正常終了」へと向かう。

「木内っちゃん、おめでとう。そのガチガチのシステム、しっかり保守(運用)しなさいよ」

「たまには二人で、リブート(リフレッシュ)旅行でも行きなさいね」


仲間に承認アプルーブされ、私はようやく少しだけ肩の荷が下りた気がした。

午後の業務。PCの画面に向かいながら、彼から届いた短いメールを開く。

『今日の夕食、肉じゃがのバッチ処理(予約調理)、完了しています』


私はキーボードを叩く指を止め、ふっと微笑んだ。

私たちは繋がらない。

でも、この確かな「同期」があれば、きっと大丈夫だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ