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レガシーシステムへのパッチ適用(親族挨拶)

それは、これまでの開発案件の中で最も難解な「仕様変更」だった。

私たちの結婚——いや、システムの統合にあたり、避けて通れないのが親族への挨拶、いわゆる「レガシーシステムへのパッチ適用」だ。


まずは私の姉の家へ。姉は私と違い、感情のパケットが常にオーバーフロー気味のタイプだ。

「佳子、本当に河上さんでいいの? なんだか……話がコードみたいで、血が通ってる感じがしないんだけど」

姉の率直なレビュー(小言)に、河上杉雄は直立不動で答えた。


「お義姉様。私の内部構造は確かに低レイヤーで無機質に見えるかもしれません。しかし、佳子さんとの互換性テストは既に数ヶ月にわたり実施済みで、エラー率は0.01%以下に抑えられています。長期運用における信頼性は、私が保証します」

「……はぁ? 何言ってるの、この人」

姉の目が点になる。私はすかさず「翻訳ブリッジ」を入れた。


「お姉ちゃん、要するに『一生大事にするし、浮気のバグも出さない』って言ってるのよ。この人、嘘がつけない仕様だから」

「……あ、そう。まあ、佳子が言うならいいけど」

なんとか第一関門を突破した。感情論という非論理的なプロトコルには、通訳が必要なのだ。



最大の難所は、杉雄さんの親族への挨拶だった。

杉雄さんの両親は既に他界しており、彼にとっての「ルート権限(最長老)」は、今年で85歳になる叔母様だ。

大正、昭和、平成、令和と、幾多のOSアップデートを生き抜いてきた超・長期稼働システム。その前で、私は少し緊張していた。


「……杉雄、連れてきたのは、この方かい?」

叔母様のゆったりとした問いに、杉雄は一瞬、言葉を選んだ。

「はい。私の人生というメインフレームに、最も重要なライブラリとして組み込みたい……いえ、生涯のパートナーとしてお迎えしたい、佳子さんです」

案の定、杉雄の説明は叔母様のユーザーインターフェースには難解すぎた。


叔母様は、補聴器をいじりながら不思議そうな顔をしている。今度は、私の「アダプタ能力」を試される番だ。

私は叔母様の節くれだった手をそっと握り、彼女の耳元でゆっくりと、しかし明瞭に「ダウンサイジング」した言葉を届けた。


「叔母様。杉雄さんは、世の中の『繋がり』が途切れないよう、裏側で計算機を操る守り人をされています。そのお仕事がとてもお忙しいので、私がこれからは、杉雄さんの『心と体のメンテナンス』をさせていただきたいと思っているんです」


「……ほう、守り人かい。杉雄は昔から頑固で、自分の設計図を書き換えない子だったからねぇ。あんたみたいな温かい手が隣にいてくれたら、安心だよ」

叔母様の深い皺を刻む手が、私の手を包み込む。


その瞬間、隣に座る杉雄の表情が、これまでにないほど柔らかく「同期」した。

「……佳子さん。僕の設計図は、そのままで完璧だと言われ続けてきましたが……あなたの介入によって、より最適化(幸せ)なものに書き換わった気がします」


理屈っぽい彼が、初めて「論理」を超えた言葉を口にした。


帰り道、夕暮れの街を歩きながら、私は彼に言った。

「お疲れ様。旧世代システムとの接続、大きな競合コンフリクトもなくて良かったわね」

「……正直、深夜のサーバー移行より緊張しました。でも、佳子さんが僕のルーツというソースコードを優しく読み解いて(リードして)くれて、救われました」


「ふふ、私の仕様は結構、バグも多いわよ?」

「それも含めて、僕が一生かけてデバッグ……いえ、大切にメンテナンスさせていただきます」


私たちは、ベタベタと手を繋がない。

けれど、歩幅を完璧に同期シンクロさせながら、新しい生活という「本番環境」へ向かって、静かに、確実に歩を進めていた。




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