表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/46

想定外のシステムダウン

午後のフェーズ、予定では「静かな庭園での散策と要件ヒアリング(雑談)」のはずだった。

しかし、神田明神を出た途端、空の色が急速に「システムエラー」を知らせるログのような禍々しいグレーに染まった。

バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨。


「……っ、これは、予報にない致命的な割り込み処理インタラプトですね」

彼は素早く、クリアファイルから例の工程表を取り出した。雨粒がシートを濡らす。


「14:30からの庭園散策は中止、代替案(プランB)に移行します。近隣のカフェへ……」

ところが、彼がリサーチしていたカフェの入り口には『本日、設備点検のため臨時休業』という無情な看板。

完全に、メインサーバーもバックアップも同時にダウンしたような状態だった。

彼は立ち尽くした。


完璧主義なのだろう、手元の工程表が「無効なデータ」と化したことに、脳内の処理が追いついていないようだった。雨の中、傘を差しながら、彼の肩が微かに震えている。

「木内さん、すみません……。僕の設計ミスです。テストが不十分でした」


その時、私は自分のバッグから、使い古した折り畳み傘をパッと広げた。

「設計ミスじゃないわよ。これは『不可抗力』。インフラ側の障害(天災)なんだから、開発側の責任じゃないわ」

私は彼の腕を軽く叩いた。


「ねえ、あそこ。ガード下の古びた喫茶店が見える? あそこなら、設備点検なんてハイカラなことしてなさそうよ」

「……あそこは、僕のリストには入っていません。未知のデバイス(店)です」

「いいじゃない、たまには未検証の環境(ぶっつけ本番)も。行きましょう!」


私たちは雨の中を走り、ガード下の店に滑り込んだ。

店内は、昭和の時代からアップデートを忘れたような、セピア色の空間。

湿った革の椅子の匂いと、古い焙煎機の音。

「……ふぅ。一時はどうなるかと思ったわ」

私はベリーショートの髪についた雫をハンカチで拭った。


彼は、まだショックから立ち直れないのか、濡れた工程表を悲しげに見つめている。

「……スケジュールが、1時間も乖離してしまいました。今日のリリース(デート終了)予定が大幅に遅れます」

「いいじゃない、納期なんて。今日中に終われば『正常終了』よ。それに見て、この店。コーヒーが一杯400円。コストパフォーマンス(費用対効果)は最強じゃない?」


私がメニューを指差すと、彼はようやく顔を上げた。

そして、店内をゆっくりと見渡し、ノートPCを広げている客が一人もいないことに気づいたようだった。

「……なるほど。ここは『オフライン環境』なんですね。外の喧騒とも、デジタルとも遮断されている」


「そう。パッチを当てる必要もない、完成されたレガシーシステムよ」

彼はようやく、深く、長い息を吐いた。

そして、クリアファイルに濡れた工程表をしまい、私に向き直った。


「木内さん、……あなたの『障害対応能力』には、驚かされます」

「伊達に20年以上、仕様変更と戦ってないわよ。ねえ、さっきのスケジュールの続き、ここでやりましょう? 紙の裏に、手書きでいいじゃない」

彼はペンを取り出し、白紙の裏面にサラサラと新しい線を引いた。

定規もExcelもない、歪んだ線。

けれど、そこには「雨宿り」という、計画にはなかったはずの、暖かくて贅沢な時間が書き込まれていった。


「……次は、雨が降らない前提で『冗長化』を考えたプランを作ってきます」

「ふふ、楽しみにしてるわ。でも、またエラーが出たら、私がリカバリしてあげるから」


私たちは、コーヒーの香りに包まれながら、予期せぬ「ダウンタイム」を、これまでの人生で一番充実した時間として過ごし始めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ