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初デートのガントチャート

待ち合わせは日曜日の午前11時、秋葉原駅の電気街口。

人混みの中で、彼は少し猫背気味に立っていた。手には、クリアファイルに挟まれたA4の用紙が一枚。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

挨拶もそこそこに、彼はその紙を私に差し出した。

見慣れたグリッド線、等幅フォント、そしてセルの塗りつぶし。それは、紛れもなくExcelで作成された**「本日のデート工程表」**だった。


「11:15、現調(現地調査)を兼ねて神田明神へ移動。12:30、昼食。ここは事前リサーチで可用性の高かった老舗の蕎麦屋を予約済みです。14:00からは……」

指でセルを追いながら説明する彼の横顔を盗み見る。


普通の女性なら「仕事じゃないんだから」と引くところだろう。けれど、システム子会社の荒波に揉まれてきた私には、この「仕様書の明確さ」がひどく頼もしく感じられた。


「……というフローですが、何か仕様変更の要望はありますか?」

「いえ、完璧なクリティカル・パス(最短経路)ね。承認します」

私がそう答えると、彼は少しだけ口角を上げた。それが彼なりの「笑顔」なのだと、今の私にはわかる。


神田明神の参道を歩きながら、彼は私の歩幅に合わせて速度を調整していた。

「歩行スピードの同期、問題ないでしょうか」

「ええ、ラグ(遅延)もなくて快適よ」


お互いに、気の利いたお喋りができるタイプではない。

けれど、沈黙が訪れても、それは「待機プロセス」であって、決して「フリーズ」ではない。この安心感は一体何なのだろう。


蕎麦屋に入ると、彼は私の注文を待ってから、自分の分を店員に告げた。

「木内さん、さっきのスケジュールですが、30分のバッファ(予備時間)を設けてあります。もしどこか、立ち寄りたい場所があれば動的に差し込めますが」

温かい蕎麦を啜りながら、私は彼の顔をまじまじと見た。


お見合いの時の「物色するような目」は、今思えば「相手のステータスを正しく把握しようとする誠実さ」の裏返しだったのかもしれない。

「ねえ、木内きうちさん」

「はい」

「僕のこのやり方、……変だと思いませんか。前の縁談では、予定を決めすぎるのは息が詰まると言われてしまって」

彼は蕎麦のつゆを静かに飲み干し、少し寂しそうに笑った。


私は、自分のベリーショートの髪を指先でいじりながら、はっきりと答えた。

「私、仕様が不明確なプロジェクトが一番嫌いなの。今の私には、あなたのこの工程表、最高に読みやすいわよ」

彼は一瞬、目を丸くした。

それから、本日二度目の、少しだけ深い「笑顔」を見せた。


「……良かったです。では、次のセクションに移行しましょうか。午後のフェーズも、予定通り実行ランします」

表計算ソフトで作られた、色気も何もないスケジュール。

けれど、そこに刻まれた一分一秒は、彼が私のために費やした「デバッグ済みの時間」なのだ。


私たちは繋がらない。

情熱的な愛の言葉なんていう、不安定なプロトコルでは。

でも、この正確なタイムスタンプの積み重ねが、いつか「信頼」という名の大きなシステムに育つ予感がしていた。




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