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喫茶店のデバッグ・タイム

新宿の喧騒を少し外れたところにある、古びた喫茶店に入った。

店内に漂う焙煎の香りと、湿ったアスファルトの匂いが混ざり合う。


「あ、さっきはすみません。つい、仕様確認というか、実物を確認しておきたくて」

彼は席に着くなり、申し訳なさそうにするでもなく、淡々とそう言った。


やはり、失礼な人だ。けれど、その言葉の選び方に思わず吹き出しそうになる。


「私の顔は、合格点でした?」


「合格というか、動作要件を満たしているというか……。あ、変な意味じゃないんです。嘘がつけない性質なもので」

彼はそう言って、運ばれてきたアイスコーヒーのストローをいじった。


聞けば、彼は金融系の基幹システムを支える現役のバリバリのエンジニアだという。

「木内さんも、システム子会社にお勤めなんですよね。毎日、大変でしょう。ユーザーからの無理難題とか、納期直前の仕様変更とか」


「……わかります? 昨日は本番環境でエラーが出て、深夜までログを追ってたんです」

そこからは、お見合いとは思えないほど「仕事」の話で盛り上がった。


友人が心配していた「話が合うか」という懸念は、皮肉にも同じ業界という共通言語によって、瞬時に解決されてしまったのだ。


「僕、今までお見合いで『趣味は何ですか?』って聞かれるのが一番苦痛だったんです。趣味なんて、デバッグかリファクタリングくらいしかないし」


「わかります。休日に無理やり趣味を作ろうとして、結局家で技術書読んで終わっちゃう感じ」

私たちは、同じ人種だった。


彼がこれまで縁談を断られ続けてきた理由も、なんとなく察しがつく。

普通の女性なら、喫茶店でサーバーの可用性について語り合う男など、真っ平ごめんだろう。

「木内さん、次は……あの、その、もしよろしければ」


彼は急に言葉を詰まらせ、手元のスマホを操作し始めた。

口で言うより先に、連絡先を交換するためのQRコードを差し出してきたのだ。

「次回のセッションを、予約させてもらえませんか?」


小雨がパラつく新宿の夜。

私たちは繋がらない。

感情やロマンスといった曖昧なプロトコルでは。

けれど、共通の苦労と、合理的な思考回路。

そんな無機質なコードで書かれた繋がりが、今の私には酷く心強いものに感じられた。


「はい。予約、承りました」

私はスマホを取り出し、彼の提示したコードをスキャンした。

システム子会社で働く私の、新しいプロジェクトが、今始まったような気がした。




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