プロセスの強制終了(損切り)
深夜の静まり返った部屋で、液晶画面の明かりだけが私の顔を青白く照らしている。
何度も書き直したメッセージのカーソルが、心電図のように点滅していた。
指先が震える。
彼と過ごした軽井沢の風、あの時の「インストール」という言葉の輝き。
それを消去するのは、自分の手で自分の思い出を汚すようで、ひどく痛む。
けれど、私の銀行残高という「現実」が、冷徹にアラートを鳴らしていた。
これ以上、このバグにリソースを割けば、私の人生そのものがクラッシュしてしまう。
「……送信」
震える指で、決定キーを押した。
『リョウくん、私のこと、大好きって、ほんとう?
ほんとうだったら、嬉しいけど、木内おねえさんは、ちょっと、リョウくんが、信じられなくなっちゃった。
私、いいカモだったのかなぁ。
ごめんね、リョウくん、おねえさんは、もう、いっぱいいっぱいなの。』
画面を見つめる。既読はつかない。
この数週間、振込の連絡をした時だけは、コンマ数秒でレスポンスが来たのに。
『リョウくんが、自分だけの力で、がんばって、一流の俳優になるのを楽しみにしてるね。その時は、観に行くからね。じゃあね。』
最後の一文を送り終えた瞬間、私は彼の連絡先を「ブロック」した。
「一流の俳優」になった彼を観に行く日なんて、きっと来ない。それは、私なりの最後の手向けであり、自分を納得させるための嘘だ。
スマホを裏返し、深い溜息をつく。
部屋の空気は、軽井沢のそれとは似ても似つかない、都会の淀んだ夜のままだった。
「……さて」
私は立ち上がり、ノートPCを開いた。
明日提出の、システム移行計画書。
誰の人生のバックアップも取れないけれど、自分の仕事のログだけは嘘をつかない。
頬を伝った熱い滴を、手の甲で乱暴に拭った。
寂しい。ひどく寂しい。
けれど、今の私は、誰の財布でも、誰の女神でもない。
ただの、仕事ができる「システム子会社の女」に戻ったのだ。




