積み重なるメンテナンス・コスト
「靴代」の振込から二週間。私のスマホには、新品の革靴を履いて「これで次のオーディション、戦ってきます!」と微笑むリョウくんの写真が届いた。
その笑顔という名の「報酬」を受け取るたびに、私は自分の選択が正しかったのだと自分に言い聞かせていた。
けれど、システムに潜むバグは、一度見逃すと増殖を始める。
『木内さん、すみません……。劇団のノルマで、チケットをあと10枚捌かないといけなくて。
自腹で買い取らないと、次の舞台、役を降ろされちゃうかもしれないんです。』
夜の11時。サーバーの保守作業で疲れ果てた私の目に、そのメッセージが飛び込んできた。
チケット代、3万円。
私は無言で、銀行アプリを立ち上げた。
「役を降ろされる」というエラーを回避するためには、この「パッチ(補填)」を当てるしかない。そう自分を納得させた。
その翌週には『台本をコピーするプリンターが壊れた』。
さらにその数日後には『オーディション用の宣材写真を撮り直したい』。
一回一回は、私の月給からすれば「誤差」の範囲内だ。
けれど、通帳の履歴をスクロールすると、リョウくんの名前の横に並ぶ金額の総計が、いつの間にか最新のハイスペックPCが買えるほどの額に膨れ上がっていることに気づいた。
「……これ、何のコスト(費用)だっけ」
深夜の自室。コンビニのサラダを食べながら、私は自分の家計簿をモニターに映し出した。
「交際費」ではない。彼は私の恋人ではないはずだ。
「投資」? いや、回収の目処が立たない投資は、ただの「損失」だ。
ふと、彼から届いた最新のメッセージを見返す。
『木内さんのおかげで、夢を諦めずにいられます。大好きです。』
その「大好き」という言葉の、解像度が急激に落ちていくのを感じた。
まるで、何度もコピーを繰り返して劣化した、荒い画像データのように。
彼は私に「夢」を見せてくれているのではない。
彼は、私の「自尊心」という脆弱性を突いて、資金を吸い上げているだけのプログラム(ヒモ)なのではないか?
「木内さん、顔色悪いわよ。バグ対応、そんなに大変なの?」
翌朝、出社すると、隣の席の高橋さんが心配そうに覗き込んできた。
「……ええ。なんだか、消しても消しても終わらないバグを追いかけてる気分で」
高橋さんは、軽井沢で彼氏とあんなに楽しそうだったのに。
今の私は、誰と「同期」しているのだろう。
画面の中の数字(残高)が減っていくたびに、私の心まで、少しずつ摩耗されていくようだった。




