計画外のルート
「明日、僕がこの街の『裏ルート』、案内しましょうか? ガイド料は……そうですね、帰りに美味しいコーヒーを一杯ご馳走してくれればいいですから」
翌日、私は高橋さんたちに「今日は一人で回るから」と断りを入れ、彼——リョウくんと待ち合わせた。
普段の私なら、事前にGoogleマップで最短ルートを調べ、レビューの高い店を予約して動く。それが一番「効率的」だからだ。
けれど、古い自転車を漕いで現れた彼は、「こっちです!」と、地図にも載っていないような細い未舗装の道へ私を誘った。
「見てください、あそこの木。光の入り方が、舞台の照明みたいで綺麗でしょう?」
彼が指さす先には、ただの木漏れ日があった。
いつもなら「照度不足で作業には向かないわね」と切り捨ててしまうような、生産性のない光。
けれど、彼の隣で立ち止まって眺めていると、不思議とそれが「必要なデータ」のように思えてくるから不思議だ。
「木内さんって、仕事してる時、すごく格好いいんでしょうね。さっき、一瞬だけ見せた横顔、厳しいプロジェクトをやり遂げた騎士みたいでしたよ」
彼は、私の手にできたマウスだこや、スマホを見る時の鋭い視線を「欠点」ではなく「物語」として解釈してくれる。
オフィスでは、誰からも感謝されない「動いて当たり前」の裏方仕事。
それを、彼は「格好いい」と全肯定した。
私の心の中で、何かが音を立ててアンインストールされていく。
「完璧でいなければならない自分」という重いOSが終了し、軽やかな「ただの私」が立ち上がる感覚。
「ねぇ、リョウくん。コーヒーだけでいいの? 私、もっとお礼がしたいんだけど」
気づけば、自分から「追加コスト」を払おうとしている私がいた。
普段なら「契約外の作業」には絶対に応じない私が。
その夜、彼に誘われるまま入った小さなビストロで、彼が「財布を寮に忘れてきちゃって……」と困った顔をした時も、私は笑ってカードを出した。
「いいのよ。今日は私が、あなたのスポンサーになるわ」
それが、後に致命的なシステムエラーを引き起こす「バグの混入」だとは、その時の私はまだ、露ほども思っていなかった。




