カフェテラス席にて
「俳優さん……。それじゃあ、台詞を覚えたりするのも大変ね」
私が何気なく口にすると、彼は注文の品を運んできた手を止め、ふっと少年のように目を輝かせた。
「大変ですけど、楽しいですよ。自分じゃない誰かの人生を、一瞬だけインストールするみたいで」
インストール。
その、私の日常に馴染みすぎた単語が、彼の口から出た瞬間に、なぜかキラキラとした魔法の言葉に聞こえた。
私の仕事での「インストール」は、不具合がないか、環境を汚さないか、神経をすり減らす作業でしかない。けれど、彼が語るのは、もっと自由で、実体のない、夢のようなプロセスだった。
「……お姉さん、さっきからずっと、眉間に力が入ってますよ」
彼が、テーブルに置いたアイスティーのグラスの横で、自分の眉間を指さして笑った。
「せっかくの休暇なんだから、システムの電源、一回切ってみたらどうですか?」
ドキリとした。
初対面の、しかも親子ほども歳の離れていそうな青年に、私の日常を言い当てられたような気がしたのだ。
オフィスで、クライアントからの無理難題に「検討します」と冷たく返している時の自分。後輩のミスを冷徹にリブートさせている時の自分。
「……そうね。今は、オフラインにしてもいい時間かもしれないわね」
私が自嘲気味に笑うと、彼は「いいですね、その笑顔。台本に出てくるヒロインみたいだ」と、屈託のない、計算のない(ように見える)賞賛を投げかけてきた。
都会のコンクリートの照り返しではない、軽井沢の柔らかな木漏れ日の下で、私の警戒心は、音を立てて崩れていった。




