33.初めての休日・おまけ
「うわぁっ、リルファ滅茶苦茶絡まれてるじゃん!」
「……あ、やっべ!」
屋台初心者のフェイルリートにという名目で、先輩たちがあれこれとオススメの屋台料理を教えあってついでに買いに走ってとやっている内に、ふと気づけばリルファローゼが四人組の男たちに囲まれていた。
「ああ、ちょっと目を離した隙に……!」
「しまった。……あー、これまた面倒そうなのに囲まれてるなぁ」
リルファに気取られないように見失わないギリギリの距離を、ちゃっかりと明日の分の買い出しや買い食いをしながらの尾行だった。
気が付けば、どんどん人気のない路地裏の奥へと入っていった挙げ句、案の定やっかいな連中に囲まれていた。
見失わなかっただけでも上上だろうと思うのだが、もしこの状況を未然に防げなかったのが教官たちにでもバレたら、この場にいる見習い全員ぶん殴られるだけでは済まないだろう。
だが、リルファは女性とはいえ大型竜持ちの竜騎士見習いだ。
多対一だろうが竜持ちでもない一般人に後れをとるわけがないだろうと、先輩見習いたちは囲まれている同僚を遠くで見守りながら、のんびりと構えていた。
「うーん、どうしよう。今からでも助ける?」
このまま放っておいても大丈夫そうだが、一応教官たちから小遣いを貰って尾行していた手前、助けに入った方が良いかもしれない。ちなみに貰った小遣いは全て、あっという間に屋台料理へと消えてしまった。
と、先輩見習いたちが会話している中、ずっと屋台の焼き林檎を黙々と食べ続けていたフェイルが、口を開いた。
「……どっちを?」
リルファローゼとあの四人組、どっちを助けると言うフェイルに、先輩見習いたちは首を傾げる。
「え、どっちって何がだ?」
「助けるって、リルファじゃないの?」
「あいつのあの苛ついた顔を見ろ。そろそろ強行突破するんじゃないか?」
見れば、囲んでいるリルファへ手を伸ばし、強引に何処かへと連れて行こうとしている男たち。
対するリルファは、受けて立つぞとばかりに体勢を整えている。
まさに、一触即発だ。
「……アレってうっかり力加減間違えて、相手の骨とか粉砕するやつじゃん」
「ちょっと小突いたら全員壁まで吹き飛んで、大怪我させてこっちがトラウマになるやつな」
「うーん、大怪我だけで済めばいいけど……」
まだ竜持ちになって日の浅いリルファは、力加減も完璧ではない。現に、毎日訓練で自前の木刀を何本も粉砕している。
本人は手加減しているつもりでも、ほんの少し苛ついた状態で相手を振り払えば、一体どれだけの万力が込められてしまうか……竜持ちでもない一般人が相手なだけに、想像するだけでも恐ろしい。
これで無傷でいられるのは、同じ条件の竜持ちだけだろう。
「これもう、ナンパ野郎共の方を助けるしかないんじゃ……」
「不本意だけどなー。結果的にそうなっちまうな」
「とりあえず、すぐ助けに……あ、あれ?」
やはり自分たちが割って入るしかないかと、見習いたちがようやく覚悟を決めた時には、突然現れた第三者によってあっさりとすべてが終わっていた。
「あれは竜騎兵の……あの制服って、俺らと同じ見習いか?」
「みたいだね」
こちらがうだうだしている間に、竜騎兵団の見習いと思わしき二人組が、さっさと追い払ってしまった。
相棒を連れていなくとも、竜持ちというのが身にまとう制服で丸分かりなので、いくら人数が多くても勝ち目がないのが一目で分かったのか、ナンパ男たちはあっさりと引き下がった。
これ以上はないだろう、平和的解決だった。
私服姿の竜騎士見習いたちがしゃしゃり出たら、もっと揉めたかもしれない。
竜騎兵見習いの二人はリルファと昔馴染みだったらしく、親しげに挨拶を交わして盛り上がっている。
「――なんか、知り合いっぽいな」
「だなー。……お、どっか行くみたいだぞ」
「とりあえず、追ってみるか」
大方、どこかの食堂にでも案内するのだろう。
下町ではあるが、もっと人通りの多い健全な雰囲気の路地へと竜騎兵見習いたちがリルファを誘導していく。
「おい、店に入ったぞ」
「“唄う仔竜亭”……聞いたことない食堂だね。最近出来たのかな?」
大通りにあるような飲食店とは違い、こぢんまりとしているがちらっと中を見た限り清潔感があって落ち着いた雰囲気だ。
竜持ちも大丈夫なようだが、下町の入り組んだ路地裏の方にあるので、目敏い竜騎士たちにもまだ気づかれずにひっそりと営業しているようだ。
あまり嗅ぎなれないが、食べ物の良い匂いも辺りに漂っている。
これは、知る人ぞ知る穴場というやつだろうか。
「時間がかかりそうだな、どうする?」
「もう、帰ろうか……」
知り合いと合流できたようなので、見習いたちもお役御免だろう。
今日はもう、このままリルファを知り合いに任せて、寮に帰っても大丈夫そうだ。
むしろ尾行していたのを気づかれる前に、解散してしまった方が得策かもしれない。
男四人が路地裏の片隅にこそこそと集まっているので、すでに周りに不審者として見られ始めている気がする。
それなのに、アルシェルークが一歩前に踏み出した。
「よし、俺らも同じ店に入るぞ!」
「え、それは確実にバレるんじゃ……」
止めようとする他の見習いたちを無視して、“唄う仔竜亭”へと歩を進めるアルシェルーク。
「このままじゃ俺の貴重な休日が、屋台料理食いながら異性の同僚の尾行だけで終わるんだぞ! お前らも、そんなの絶対嫌だろ! せめて新しい店を開拓するんだ!」
「い、言われてみれば……確かに!」
アルシェの言葉に、ダリュンが頷く。
教官たちの命令だったとはいえ、不毛な尾行と屋台の買い食いだけで一日潰れてしまうのは嫌だった。
見習い二人はもう、店に突入する気満々だ。
「これで尾行がバレたら、死ねるけどな……」
「まぁ、なんとかなるさ。こうなったら、最後まで責任もってリルファを寮まで送り届けた方が良いだろ」
そう竜騎士見習い最年長のラディルアーシュに言われたら、フェイルも渋々頷くしかない。
「ほら、何の料理があるか気になるし、俺たちも入るぞ」
「うぅ……」
まだ渋るフェイルをラディルがなだめて、竜騎士見習いたちは、次々と“唄う仔竜亭”へと入っていった。




