8話 涙で同情を誘うより、堂々と自分の意見を言いなさい!
婚約破棄された日の放課後――。
レイヴンは王城へと赴き、謁見の間で国王夫妻との面会を果たしていた。
「すまなかったレイヴン!」
王の間での第一声は、そんな国王セドリックの謝罪だ。
「クリフォードのヤツ、まさか勝手に婚約破棄などと言い出すとは……。ワシの愚息が迷惑をかけて、本当にすまなかった」
「へ、陛下、頭をお上げください。陛下が謝ることなど何もありませんわ」
国王から頭を下げられる展開に、慌てて止めに入るレイヴン。
だが――。
「いいえレイヴン、わたくしからも謝らせてくださいな。婚約破棄だなんて、あの子はなんて恥知らずな事を……」
今度は隣の王妃ロザリンドからも謝罪されてしまう。
「ごめんなさいレイヴン。貴女が息子と結婚して、わたくしの娘になってくれるのを楽しみにしていましたのに……」
「そうだぞレイヴン。私達はお前を本当の娘と思ってきたのだからな」
国王夫妻のお言葉に、思わず感極まってしまうレイヴン。
「セドリック陛下、ロザリンド様……。わたくし、その言葉だけで十分ですわ」
レイヴンにとっても、国王夫妻は本当の親のような存在だった。
義父であるヴァンキッシュ伯爵は貴族至上主義の毒親で、他の家族や使用人たちもそれに倣ってレイヴンに冷たかった。
さらに婚約者であるクリフォード王子も、婚約破棄を申し出るくらいレイヴンを毛嫌いしていた。
そんな環境の中で、実の娘のように接してくれる国王夫妻は、レイヴンにとって心の拠り所と言っても過言ではなかったのだ。
(……よかった。今回の件で咎められたらどうしようと思っていたけれど、国王夫妻は私の味方をしてくれるみたい)
ホッと胸をなでおろすレイヴン。
思えば何か問題があったとき、夫妻はいつもレイヴンに慰めの言葉をくれていた。
これまでずっとレイヴンの味方でいてくれていたのだ。
そんなことを思い出していると――。
――――――――――――――――――――
セドリック&ロザリンド夫妻に【嫌がらせ】を使用しますか?
はい いいえ
――――――――――――――――――――
急にスキルウィンドウが立ち上がり、レイヴンは目を丸くする。
自分にとって恩人である国王夫妻に、嫌がらせなんてするわけがない。
そう考えたレイヴンは『いいえ』を押そうとし――ふと、伸ばした指を止める。
(そういえば……コーデリアの時に思ったけど、このスキルって【人物鑑定】みたいな使い方もできるよね?)
人の嫌がる事を知るというのは、それだけで相手との衝突が避けられる、人付き合いにおいて重要な事だ。
さらに前世で学んだ心理学の知識があれば、そこから相手の人間性を分析もできる。
初対面の人物でも深く内面を知れるというのは、人間関係で大きなアドバンテージになるだろう。
(だったら嫌がらせ目的じゃなくても、とりあえず色んな人に使ってみるのはアリなんじゃないかな?)
そう考えたレイヴンは、物は試しに『はい』を押してみた。
――――――――――――――――――――
セドリック&ロザリンド夫妻に最も効果的な嫌がらせを提案します。
夫妻にとって息子のクリフォードは、バカな子ほどかわいいといった存在です。
出来の悪い息子だと理解しているからこそ、出来の良い貴女に押し付けたいと考えています。
そのために彼らはこれまで貴女を、立派な王太子妃になれるよう教育してきたのです。
あの手この手で婚約破棄を撤回してこようとしますので、とにかく断り続けてください。
それでもなかなか引き下がらないと思いますので、その時は――――
――――――――――――――――――――
(――え、これって……)
思わぬ内容に動揺するレイヴン。
(陛下も王妃様も、二人とも私の味方をしてくれていたと思っていたけど……全てはクリフォード王子の為だった? 私に王子の面倒を見させるために、味方のフリをしていただけ……?)
悪い方に考えが進みかけ、慌ててレイヴンは首を横に振る。
(――って、待って待って、考えが極端すぎるよ私。親が子供を大事に思うのは当然だし、他人の私より優先するなんて当然の事でしょ? だからって私を蔑ろにしてるわけじゃないし、今まで親切にしてもらってきたことは嘘じゃないはず)
そう自分に言い聞かせるも、彼女の胸の疼きはわずかに残る。
「ところでレイヴン……やはり考え直して貰えないだろうか?」
おずおずと国王が話を切り出す。
「今回の件、婚約破棄を言い出したクリフォードが悪い。だがそれでも、婚約破棄を受け入れるのは待ってもらえないだろうか?」
「そうよレイヴン。息子にはきつく言って聞かせて、婚約破棄は撤回させます。ですから……」
「陛下、王妃様、それは……」
国王に続き、王妃からも説得を受けるレイヴンの心は揺れ動く。
(親切にしてくれた国王様と王妃様に報いたい気持ちはある。これまで妃教育として懸命に学んだ努力が無駄になってしまう事にも未練はある。だけど……)
彼女の脳裏に浮かぶのは今朝のクリフォード。
嬉々として婚約破棄を叫ぶ彼の歪んだ笑顔。
(前世の記憶を取り戻した今、あんな男と人生を共にするなんてやっぱり無理だよ。それに――)
【嫌がらせ】スキルを信じるならば、国王夫妻はレイヴンに息子の面倒を見させようとしている。
彼女がここで折れてしまったら、きっと一生王家からは逃げられないだろう。
待ち受ける未来は、彼女にとってこれまで以上に地獄の日々となるに違いない。
だから――。
「陛下、申し訳ありません。その申し出は受け入れられません」
レイヴンはハッキリと拒絶の意思を示した。
だが国王夫妻も引き下がらない。
「公衆の面前で婚約破棄を突き付けられてしまったのだからな。納得できない其方の気持ちは分かる。だがレイヴンよ、そこを曲げて妥協してはくれないだろうか?」
「お願いレイヴン、私達はあなたと本当の家族になりたいの」
それでもレイヴンは首を横に振る。
「陛下や王妃様にはこれまで格別のご寵愛を賜り大変感謝しております。ですがやはり、此度の婚約破棄をなかったことにはできません」
折れない彼女に、国王夫妻の口調もきつくなる。
「いい加減にしないかレイヴン! あまりワガママを言うものではない!」
「そうよレイヴン。何のために貴女を教育してきたと思ってるの?」
本音が漏れ出た二人の言葉に、レイヴンの胸がズキリと痛む。
「ワガママ、ですか……。何のために教育してきたか、ですか……」
「あ、いや、違っ……」
「い、今のは言葉の綾で……」
取り繕うとする国王夫妻だが、一度吐いた言葉は取り消せない。
(よく考えてみれば……クリフォード王子が私を虐げていたことは、陛下も王妃様もご存じだったはず。そんなときお二人とも私を慰める事はしても、息子を止める事はしなかった。つまりはそういう事なんだろう……)
親切だった国王夫妻との思い出が、幻としてレイヴンの心を締め付ける。
(――泣くな私! 今どき女の涙なんてうっとうしいだけ! 自立した女を目指すなら、涙で同情を誘うより、堂々と自分の意見を言いなさい!)
油断すると溢れそうになる涙を堪えつつ、レイヴンはハッキリ拒絶を示す。
「申し訳ありません陛下。やはりその提案は、受け入れることができません」
「し、しかしだなレイヴン……」
「――もし! これ以上わたくしに何かを強要するのであれば……」
ひときわ大きな声で、相手の話を遮ったレイヴン。
ここからは【嫌がらせ】スキルの実践ターンだ。
「陛下、わたくしは聖女として他国への亡命も考えなければなりません」
「なっ!?」
「そして世界に向けてこう訴える事になるでしょう。わたくしが【嫌がらせ】などというハズレスキルを授かったのは、この国が聖女を大切にしなかったからだ。そのせいで精霊の不興を買ってしまったからだと」
「ちょっ、それは――!?」
一瞬にして青ざめた国王に対し、レイヴンはさらに言い募る。
「簡単に婚約破棄してしまえるほど、エンバー王国は聖女を蔑ろにしており、そのせいで精霊様を怒らせてしまった。それが原因で国を代表する聖女にハズレスキルを授与されてしまったのだと、そう世界に向けて主張しなければならなくなるでしょうね」
「レ、レイヴン、お前……」
「ひょっとして精霊様は、わたくしにこう仰っているのかもしれません。『お前を蔑ろにしたこの国に、このスキルを使って嫌がらせしてやれ』と」
「…………」
思いがけない反抗に絶句する国王。
その様子にレイヴンは【嫌がらせ】の効果を確認する。
(これが一番の嫌がらせになるという事は、陛下は『事なかれ主義的な人間』という事)
一言で言えば優柔不断――レイヴンはセドリック王をそう評価した。
こう言うと印象が悪いけれど、言い換えれば思慮深いとも表現できる性格で、波風を立てないように物事を進めるのが得意な性質だとも言える。
王としての資質を述べるのであれば、戦時なら愚王、平時なら賢王と言ったところだろう。
平和な今の時代であれば、周囲を調節しながらリーダーシップを取れる立派な王だ。
決して感情的にならず、何があっても常に冷静な判断ができる、それがセドリックという人間である。
(だから私がこれだけ失礼な事を言ったとしても――)
レイヴンが様子を伺っていると、やがて諦めたように深い溜息を吐き、国王が口を開く。
「分かったレイヴン。好きにしろ」
「……ありがとうございます、陛下」
予想通り折れた国王に、レイヴンは深々と頭を下げる。
そこへ王妃からも声がかかる。
「残念ですレイヴン。家族としての縁が切れるのであれば、もうわたくし達は貴女を守ってあげる事ができませんよ。たとえ貴女が『嫌がらせの聖女』などと呼ばれていたとしても」
「……はい、覚悟の上です」
王妃からの皮肉にも毅然と顔を上げ、レイヴンはそのまま謁見の間を立ち去る。
レイヴンと国王夫妻の面会はこうして終わったのだった。




