7話 SIDE:コーデリア男爵令嬢(勘違い令嬢)
(――私の心にはぽっかりと大きな穴が開いている)
コーデリアは小さなころからずっとそう感じてきた。
彼女は考える。この穴の原因は何だろう?
――父親が仕事ばかりで帰ってこないからだろうか?
――母親が離婚した後、一度も会いに来てくれないからだろうが?
何となくこの穴は、親が自分を愛してくれなかったせいだと思った。
だから彼女は、その穴を埋めるものを求めるようになった。
素敵なファッション、素敵なお化粧、素敵なアクセサリー。
最初は外見を着飾る事から始めた。
(なんて素敵な私――)
そう思うと少しだけ、心の穴が埋まった気がした。
人間関係も大事だった。
素敵な友情、素敵な人脈、素敵な恋。
交友関係が広がるにつれ、楽しい事も増えていった。
(なんて充実した私――)
そう思うとまた少しだけ、心の穴が埋まった気がした。
とはいえ人付き合いが増えると、そうそう良い事ばかりでもなくなる。
他人に感じる――羨望、執着、嫉妬、優越感。
他人から向けられる――悪意、敵意、軽視、嫌悪感。
人間の業には終わりがなかった。
(なんて可哀そうな私――)
それでもまた少しだけ、心の穴が埋まった気がした。
ポジティブな事もネガティブな事も、すべてがコーデリアの生きる糧になった。
心の穴を埋めるため、平凡な日常を良しとせず、劇的な感情ばかり追い求めた。
そんな風に生きていると、次第に彼女は周りからこう評価されるようになる。
「コーデリアって変わってるよね」
「独特な感性してるよね」
「普通の人とは違うところ見てるって感じ」
そう言われる度に彼女は、自分が特別な人間になった気がした。
(まるで主人公みたいな私――)
そう思える事でより一層、心の穴が埋まったような気がしたのだ。
だから学園でクリフォードと出会い、彼に見初められた事も、コーデリアにとっては当然の事だった。
――だって私は素敵だから。
――だって私は特別だから。
――だって私は主人公だから。
だから王太子から愛を囁かれることだって、自分の人生ならあって当然だと彼女は考えていた。
さらに王太子と親密になったことで、コーデリアに対する評価も変わった
身分差を超えて王太子に選ばれた女性――。
聖女よりも愛された素晴らしい女性――。
そう周囲に噂されるようになっていた。
(やっぱり私は特別だったんだ――)
そう確信したコーデリアは、学園でこの世の春を謳歌していた。
そんな彼女の認識が揺らぐ事件があった。
きっかけは彼女の一言だ。
『わたくし、これからは男に頼る古いヒロインじゃなく、今どきの強くて自立したヒロインを目指すつもりですので』
そう言ったのは聖女レイヴン。
コーデリアが略奪したクリフォード王太子の元婚約者だ。
この台詞は、彼女が婚約破棄を言い渡されても毅然と立ち向かい、去り際に言い放った最後の一言である。
そのときの凛々しい姿は、まるで彼女が主人公のようで――。
対するコーデリアはただの引き立て役で、彼女を盛り立てる当て馬でしかないと言われた気がした。
(違う! 主役は私なのに! 婚約破棄された敗者のクセに!)
そんな考えでレイヴンのもとへ乗り込んだコーデリア。
「ごめんなさい、レイヴン様!」
突然押しかけては、悲劇のヒロインのように振舞うコーデリア。
形だけの謝罪をする彼女に、レイヴンも最初は戸惑った様子だった。
このとき――もしレイヴンが彼女の友人であったなら、自分自身が見えていないコーデリアにきっとこうアドバイスしただろう。
『叶わない夢ばかり追っていないで、ありのままの現実を見つめ直しなさい』
だが彼女は友人ではなく、コーデリアに婚約者を取られた被害者だ。
「もうクリフォード様の心は貴女のものですわ。貴女こそ殿下にふさわしい真の淑女です。わたくしは潔く身を引きたいと思います」
そう言ってレイヴンは彼女を突き放した。見放したのだ。
そのことに気付けない、夢見る少女のコーデリア。
(良かった。やっぱり私が主人公なんだ)
彼女の勘違いはまだ続く。
レイヴンとの一件を経て、彼女の思い込みはさらに強さを増す。
そうこうしているうちにコーデリアを取り巻く環境が変わり始めた。
『王太子に愛された女』から『王太子を誑かした女』に。
『聖女にも負けない女』から『聖女をいじめた女』に。
そんな風に周りの評価が一変した。
だけど彼女は己を正せない。顧みる事ができない。
(なんて可哀そうな私――)
周囲に白い目で見られても、不憫な自分に酔いしれていれば気にならなかった。
そんなとき、クリフォード王子の噂を聞いた。
王太子の座を返上したとか、しばらく謹慎処分となったとか……。
(クリフォード様が戻ってくればきっと……)
彼女はまだ信じている。自分が特別だと信じている。
信じた先に何があるのか――それはまたいずれのお話。




