6話 乙女ゲーの攻略対象に対して、すでに公式の設定資料集を読んでるようなもの
ザワザワと騒めく教室。
そうしてクラスメイトたちが騒然となっている原因は――レイヴンだ。
『どうやら今朝の婚約破棄の一件がもう噂になっているようだね、レイヴン』
『そうねメイプル。まぁ覚悟はしてたけど』
教室の後ろの席に座り、周囲に遠巻きにされながら、授業が始まるのを待つレイヴン。
ちなみに彼女と一緒にいる精霊のメイプルは、どうやらレイヴン以外には見えていないし、その声も聞こえていないようだ。
メイプルにはレイヴンが頭で考えていることが分かるらしく、人前では声に出さず頭の中に思い浮かべることで会話している二人。
『それでレイヴン、これからどうするつもりなんだい?』
『どうって?』
『婚約破棄されちゃって、これからの事だよ』
『さぁ、まだ分かんないよ。放課後に登城して陛下にお会いするから、そのリアクション次第かなぁ』
二人が今後について、声には出さず相談していると――。
「ごめんなさい、レイヴン様!」
――そう叫び、突然教室に飛び込んできた一人の女生徒。
男爵令嬢コーデリア――今朝の婚約破棄イベントで、クリフォード王太子の隣にいた浮気相手だ。
彼女はレイヴンの姿を見るや、一目散に駆け寄ってきた。
「私、本当にそんなつもりはなかったんです! まさか婚約破棄にまで発展するなんて思ってもみなくて……。それもこれも、私がクリフォード様に選ばれてしまったから……。ごめんなさい、レイヴン様。本当にごめんなさい……」
涙目で頭を下げるコーデリア。
だがその言葉には隠しきれないトゲが見えており、相変わらず態度も大げさで芝居じみている。
『な、何なのこの子? ひょっとして当てつけ? マウント取りに来てる?』
『マウントってか、ここまできたら喧嘩売ってるようにしか見えないけど……』
戸惑うレイヴンとメイプル。
するとピコンという電子音と共にスキルウィンドウが立ち上がる。
――――――――――――――――――――
コーデリア・バレンタインに【嫌がらせ】を使用しますか?
はい いいえ
――――――――――――――――――――
『おっ、やっちゃう? やっちゃうのレイヴン?』
『そうねぇ、やっちゃうか』
レイヴンが迷わず『はい』を押すと、新たなウィンドウが立ち上がった。
――――――――――――――――――――
コーデリア・バレンタインに最も効果的な嫌がらせを提案します。
彼女は今、王子様に見染められた素敵な私に酔っています。
まずはその幻想をぶち壊しましょう。
ただし下手なやり方だと『悲劇のヒロイン症候群』を引き起こして更に面倒になりかねません。
なのでここからは、正しい幻想の壊し方の手順を記載します。
①まず最初に――――
――――――――――――――――――――
さっと流し読みをしながら、「なるほど」と得心のいったように頷くレイヴン。
(つまり彼女は自己陶酔の強いナルシシズムな性格。自分の世界だけで生きている、自己中心的な人間という事ね。だからわざわざ私をこの教室まで追ってきたんだ、自分の世界が壊されると思ったから)
コーデリアが突撃してきたキッカケは――婚約破棄イベントの最後、レイヴンの言った捨て台詞。
――わたくし、これからは男に頼る古いヒロインじゃなく、今どきの強くて自立したヒロインを目指すつもりですので。
きっとあの一言トリガーとなり、彼女の神経を逆なでしたのだろう。
(コーデリアはあのセリフを聞いて、私から『真のヒロインは貴女じゃなくわたくし』と宣言されたように感じたんでしょうね。……まぁでも、それって当たらずとも遠からずなんだけど)
コーデリアは自分がクリフォード王子に選ばれた特別な人間だと思っている。
だがクリフォードにとっての彼女は、レイヴンに対して当てつけとして使える、ただの都合のいい女に過ぎない。
そもそも本来、男爵令嬢という立場を考えれば、王太子妃になれるなんてお花畑な事を考えるだけでもおこがましい。
だが彼女はそれが分からない。
独りよがりで自己愛の強いコーデリアには、自分の置かれた状況を冷静に判断する能力が欠けているのだ。
『ねぇねぇレイヴン。早くやっちゃお? この子サクッと分からせちゃおうよ』
『うーん、そうね。ここは……』
シャドーボクシングの構えで囃し立ててくるメイプルを尻目に、レイヴンは――。
「謝らないでくださいませ、コーデリア様」
「レ、レイヴン様――!?」
――コーデリアの手を取り謝罪をして見せた。
思わぬ展開に戸惑うコーデリア。
「レイヴン様、いったい何を……」
「貴女は何も悪くありません。悪いのは全てわたくしですわ。クリフォード様の寵愛を受けられなかった、不甲斐ないわたくしがいけないのです。貴女はただ、殿下に見染められてしまっただけ、そうでしょう?」
「え、あの……は、はい、そうなんです……」
躊躇しながらも肯定するコーネリアに、やっぱりパフォーマンス謝罪だったなと納得する。
「わたくしは貴女が羨ましいですわ、コーデリア様。愛らしくお淑やかで、わたくしも貴女のようであったなら、きっとクリフォード殿下に愛されていたのかもしれませんね」
「そ、そんな、私は……」
クサいセリフで持ち上げられて、まんざらでもない様子のコーデリア。
「ですが今さらそんな事を言っても栓無きこと。もうクリフォード様の心は貴女のものですわ。貴女こそ殿下にふさわしい真の淑女です。わたくしは潔く身を引きたいと思います」
「レ、レイヴン様……ご、ごめんなさい、私……」
彼女からの謝罪は相変わらず演技がかっていたが、レイヴンは笑顔で受け入れる。
「ですから謝らないで、コーデリア様。わたくしの分まで、クリフォード様と幸せになってくださいね」
「は……はい、ありがとうございます! レイヴン様、私、幸せになります!」
感極まった様子のコーデリアは、今度はお礼のために頭を下げながら、浮き立った様子で教室を去って行った。
『ちょ、ちょっとレイヴン、いいのかい? 彼女のこと分らせるんじゃなかったの? あれじゃ嫌がらせどころか逆に助長させてない?』
不満を口にするメイプルに、レイヴンは『これでいいの』と肩をすくめた。
『見たでしょ、あの子の勘違いっぷり。アレは私が手を下さなくたって、放っておけばいずれ世間に分からされちゃうって。きっとね』
コーデリアに待ち受ける未来について、そう予想したレイヴン。
ついでに彼女の性格についても軽く語る。
『それに――彼女の性格も厄介そうだったからね。ここであの子をキャンッて言わせたところで、きっと逆恨みされてかえって面倒になるだけだよ』
『そうなの? 何か仕返しされちゃうとか?』
『仕返しというよりマウントかなぁ。ああいう自己愛の強い人間は、自分が特別な存在じゃないと気が済まないからね。どうでもいい相手なら何を言われても気にしない図太さはあるんだけど、無視できない相手だと何とかして認めさせようとダル絡みしてくるタイプだよ』
『へぇえ、【嫌がらせ】スキルを使っただけで、相手の事がそこまで考察できちゃうんだ』
レイヴンの人物分析を聞き、感心した様子のメイプル。
『流石はレイヴン。前世で心理学を学んだだけの事はあるね』
『……ちょっと待ってメイプル』
レイヴンはとっさに聞きとがめた。
『前世の私の大学の専攻を、どうしてアナタが知ってるの?』
『あ、ヤバッ!』
つい口を滑らせたメイプルに、レイヴンは疑惑の目を向ける。
ちなみにレイヴンの前世である望月楓だが――。
メイプルの言う通り、彼女は心理学を学ぶ大学院生だった。
中でも人格心理学や発達心理学など、人の性格に関係する分野を好んで学習していた。
卒業を目前に控え、とある病院に就職することも決定、そこで実務経験を積んで資格を取り、いずれは正式な心理士になろうと将来の目標を立てていたのだが……。
卒業が間近に迫ったある日、楓は交通事故にあい、24歳という若さで帰らぬ人となったのだ。
『どういう事? 何でアンタは私の前世を知ってるの?』
『え、えっと……』
『そういえば昨日の会話でも、何故か私の母さんに興味持ったりしてたよね。どういう事? メイプル、私に何か隠してない?』
『――そうだ、用事思い出した! それじゃ!』
追及されたメイプルが飛んで逃げだした。
「あっ、こら! 逃げるな!」
それを見たレイヴンは念話を忘れ、思わず声に出して呼び止めてしまった。
そのせいで教室中のクラスメイトから注目されてしまい、彼女は恥ずかしさに慌てて顔を伏せるのだった。
こうしてコーデリアの事はすっかり忘れ、頭の外へと追いやってしまったレイヴン。
だが彼女の『放っておけばいずれ世間に分からされちゃう』という予言は正確だった。
この先コーデリアにはざまぁな未来が待ち受けているのだが……それはまだ先のお話。




