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4話 歴代最も恥ずべき聖女

 

 アーケイナム貴族学園――。

 王侯貴族の令息令嬢が通う、エンバー王国を代表する名門学園だ。

 当然ヴァンキッシュ家の養女であるレイヴンもこの学園に通っている。

 スキル授与式でハズレスキルを授かった翌日も、レイヴンはいつも通り登校していた。


「ねぇ聞いた? レイヴン様の噂」

「授与されたスキルが【嫌がらせ】なんですって」

「じゃあ呼び名は『嫌がらせの聖女』? なんて不名誉な」

「もうそれ聖女じゃないよね?」


 登校路を歩くレイヴンの耳に、周りの噂話が聞こえてきていた。


『『嫌がらせの聖女』だって。どう思うレイヴン?』

「予想していたけれど、やっぱりいい気分はしないね」


 ふてくされながら校舎に向かうレイヴン。と、そこへ――。


「アッハッハ! 聞いたぞレイヴン!」


 高笑いしながら一人の青年が現れた。

 イケメンだが軽薄そうな笑みが印象を下げている彼。

 王家を象徴する金髪をしたその男こそ、王太子にしてレイヴンの婚約者であるクリフォード第一王子だ。


「いつもお高く留まっていたお前が、まさか『嫌がらせの聖女』なんて恥ずかしい称号で呼ばれるようになるとはな! 聖女候補だからといい気になっていたせいだぞ!」


 突然やって来てレイヴンを一方的に罵り始めたクリフォード。

 たしかに『嫌がらせの聖女』と呼ばれ始めてはいるが、それ以外の批判内容はレイヴンの身に覚えのない事ばかり。

 王太子の婚約者として必要なマナーや知識を必死に学び、生来の真面目さから優秀な結果を出してきたレイヴン。

 クリフォード王子にはそんな彼女が、生意気でお高く留まっていると見えていたらしい。


「……おはようございます、クリフォード様」


 レイヴンは暴言をスルーし、頭を下げて挨拶を返した。

 クリフォードからの嫌味などいつもの事なのだろう。

 気にせず落ち着いた様子の彼女に、眉間にしわを寄せ苛立ちを見せるクリフォード。


「フン、相変わらず可愛げのない態度だなレイヴン! だがそれも今日までだ! 【嫌がらせ】などというハズレスキルを授与された貴様に、王太子妃の立場はふさわしくない!」


 そう言うとクリフォードは大きく両手を振り上げ、周囲のやじ馬たちに向かって仰々しく語りだす。


「聞け皆の者! ここに歴代最も恥ずべき聖女が誕生した! 『嫌がらせの聖女』などと、なんと不名誉な称号である事か! 私はこのような者を我が王族の末席に加えるなどあってはならないと考える! よって――!」


 芝居がかった仕草を交え、クリフォードは周囲に表明する。


「この我――王太子クリフォード・エンバークラウンと聖女レイヴン・ヴァンキッシュの婚約破棄をここに宣言する!」


 ――おおっ!


 王太子の唐突な発表にざわつく人々。

 何事かと人も集まり、群衆はさらに増えていく。

 そんな周囲の反応を見たクリフォードは、満足そうに頷くと後ろで控えていた少女に声をかける。


「コーデリア、こっちへ来なさい」

「は、はいクリフォード様」


 クリフォードに促され、コーデリアと呼ばれた彼女がおずおずと前に出てきた。

 小柄でピンクブロンドの巻き毛が愛らしい美少女だ。

 クリフォードは彼女を横に立たせると、群衆に向かって演説を再開する。


「レイヴンとの婚約破棄によって、私の婚約者の立場が空席となってしまった。よって私は彼女――ヴァレンタイン男爵家の令嬢コーデリアを、我が婚約者に推薦しようと思っている」


 さらにどよめきが増す群衆を見て、今度は底意地の悪い笑みをレイヴンに向ける。


「傲慢で不愛想な貴様とは違い、コーデリアは素晴らしい女性だ。愛らしく控えめで、常に男を立ててくれる。そんな健気で献身的な令嬢なんだ。反抗的でいう事を聞かない誰かさんよりも、彼女の方がよほど王太子妃にふさわしい、そうは思わないかレイヴン?」


 クリフォードの口元がぐにゃりと歪み、嗜虐心に満ちた笑みを作った。

 そうした婚約者からの悪意を受けながら、胸元に手を当てレイヴンは考えを巡らせる。


(想像通りのゲスい行動ね。でも流石に婚約破棄を言い出すとは思わなかったよ。勝手に聖女との縁を切って大丈夫なのか、切られた側の人間ながら心配になっちゃうよ。それに……)


 クリフォードの隣にいるコーデリアに目を向けた。

 レイヴンの視線に気づいた彼女は、眉を下げ悲し気な表情を作る。


「す、すみませんレイヴン様……私、そんなつもりは無くて……」


 上目づかいで下手に出ている彼女だが、どこか隠しきれない優越感がうかがえた。

 おどおどとしたその態度も、弱さを演出する芝居に見える。


(謝罪するくらいなら、最初から婚約者のいる相手に手を出すなっての! 一見気弱に見えるけど相当図太い女だよね)


 色々と思案しつつも黙り込んでいるレイヴン。

 その様子が落ち込んでるように見えたようで、クリフォードは満足げな笑みを湛えながら上から語る。


「どうだレイヴン? 己の至らなさを思い知ったか? まぁ頭を地面にこすりつけて謝れば、今ならまだ婚約破棄を取り下げてやるが……どうする?」


 明らかにマウントを取りに来ているクリフォードの発言。

 それを聞いてレイヴンもようやく「なるほど」と得心がいった。


(つまりこの婚約者様は、そもそも婚約破棄なんて考えてないわけね)


 だたただ気に食わないレイヴンを謝らせたかっただけ。

 彼女に『嫌がらせの聖女』なんてろくでもない称号がついちゃった今が、彼にとってマウントチャンスだと思ったのだろう。


(ホントに嫌な奴ね、このポンコツ王子は。だったら……)


 レイヴンはこっそりとスキル【嫌がらせ】を起動させる。


――――――――――――――――――――

クリフォード・エンバークラウンに【嫌がらせ】を使用しますか?

はい いいえ

――――――――――――――――――――


 現れたスキルウィンドウの『はい』を迷わず押す。


――――――――――――――――――――

クリフォード・エンバークラウンに最も効果的な嫌がらせを提案します。


彼は今までの経験から、責めれば貴女が折れて謝って来るだろうと確信しています。

なのでその予想を裏切り、婚約破棄を笑顔で受け入れましょう!

心の底から婚約破棄を喜んでいる事を伝えましょう!

何を言われても折れずに自分の気持ちを押し通すことが大事です。

――――――――――――――――――――


 スキルから提案された嫌がらせ方法が、予想通り過ぎてため息が出るレイヴン。


(はぁ……まぁ、そりゃそうだよね。クリフォード様はそういう人間だもん)


 彼女から見たクリフォードという男は、一言で言えば楽天家だ。

 王族として甘やかされて育ったからか、根拠のない自信にあふれ、世の中全て自分の思い通りに進むと思っている、我儘な子供のような人間。

 婚約者とはいえ立場の弱いレイヴンからすれば、迷惑この上ない人物だ。


(かれこれ10年の付き合いになるし、クリフォード様の事は大抵解ってるつもりだけど……)


 レイヴンが婚約者だと彼を紹介されたのが6歳の時。

 それからの10年は、レイヴンにとっては苦難の日々だった。

 自分では何も努力をせず、精進して成果を出している彼女を妬み、理不尽な怒りをぶつけてくる婚約者。

 彼から一方的に責められては、弱い立場で謝罪するしかない日常。


 今回もクリフォードは、きっと深く考えてはいないのだろう。

 レイヴンを好き放題に罵っておけば、いつものように折れて謝って来ると思ってるのだろう。


(……でもまぁその考えは間違ってないよ、昨日までの私だったらね)


 生まれた時からこの世界の常識で育ち、身分や性別などのしがらみの中で生きてきたレイヴンであれば――。

 この国で最も偉い王族から言われたら、地位の低い自分が折れるしかない。

 夫となる相手に言われたら、妻である自分は従うしかない。

 それがこの世界の常識だと諦めていただろう。


(だけど今の私には前世の記憶がある)


 日本という民主的な国で生まれ――。

 ポリコレやコンプラといった価値観が全盛の時代に育ち――。

 社会から過剰なほどの平等主義を教えられ――。

 数々のインフルエンサーから「自分らしく生きよう!」と教わって――。

 そんな様々な価値観に影響されて生きてきた、Z世代の日本人という前世を持つ彼女。

 この世界の常識だから我慢しろだなんて、今の彼女には通用しない。


(これ以上理不尽なルールには従わない。相手が王子だからって引き下がってられないっての!)


 レイヴンはそう決意すると、強い意志で相手を見据える。

 彼女の変化に少し気圧されつつも、それでも横柄な態度は崩さないクリフォード。


「お、おい、聞いているのかレイヴン!? 私は謝れと言っているんだ! 婚約破棄を取りやめて欲しいだろう? だったら頭を下げて許しを請え!」


 王子が聖女に謝罪を迫る展開に、この先彼女がどうなるのか、周囲に集まった人間たちも好奇の目で見守っている。


「さぁ謝罪しろ、レイヴン!」


 高圧的なスタンスは崩さないクリフォードに、レイヴンはとびきりの笑顔を見せた。


「――お断りですわ!」


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