3話 とんでもなくドМな人だなぁ
説明回です、面倒なら飛ばしてください。
次話、婚約破棄シーンです。
レイヴンの自室に戻ってきた二人は、早速話し合いを始めた。
『それでレイヴン、ボクに何が聞きたいんだい?』
「そりゃ色々あるけれど、まずは【嫌がらせ】についてね」
まず最初に尋ねたのはスキルの事だ。
「なんなのこのふざけたスキル? 何でこんなものを私に授けたの?」
『それはボクに聞かれても分からないよ。だって精霊の祝福を与えるのはボクじゃなく精霊王さまの役目だからね』
「精霊王?」
初めて聞く単語に首を傾げるレイヴン。
「王って事は……精霊にも王様がいるの?」
『そうだよ。ボクたち精霊を使ってこの世の均衡を保っている、それが精霊王さまさ。キミにスキルを与えたのも、ボクをキミのお目付け役にしたのも、全部精霊王さまの命令なんだ』
「じゃあ私がハズレスキルで迷惑してるのもその精霊王って人のせい?」
精霊王、それが彼女を厄介ごとに引き込んでいる首謀者だという。
真犯人に憤りを覚えるものの、この場にいないのであれば糾弾もできない。
仕方がないのでレイヴンは、目の前にいるメイプルに狙いを定める。
「それでメイプル、アンタは何なの? 何を聞いても分からないのはただの下っ端だから?」
『下っ端って酷いなぁ! 異世界人のお付き精霊だよ? それなりに偉い精霊なんだけど!』
下っ端扱いに憤慨したメイプルは、胸を突き出し見栄を張る。
『でも精霊王さまが何を考えているかなんて、さすがに本人じゃないと分からないって。ボクに聞くならもっと分かる事にしてよね』
「じゃあ……そもそも聖女って何? 精霊の祝福って何なの?」
レイヴンからの根本的な質問だ。
メイプルは『それなら答えられる』と得意げに頷き、コホンと咳払いをしてから語り始める。
『まず『精霊の祝福』というのは、こちらへ転生してきた異世界人にもれなく与えられるもの。偶に紛れ込んでくる異世界人の魂を保護するためのものさ。それを人間たちが勝手に聖女だの聖人だのと呼び始めただけなんだ』
「それじゃ今までの聖女や聖人は全員が地球人ってこと?」
驚きの真実に目を丸くするレイヴンに対し『そうだよ』と軽く返すメイプル。
『とはいえみんな自分が異世界人だった事なんて知らずに生活してたけどね。レイヴンのように前世の記憶を思い出すなんてめったにない事なんだ』
「じ、じゃあ何で私は……?」
『うーん、それなんだけどさぁ……』
少し考え込む仕草を見せながら、ふよふよと頭上を漂う精霊。
しばらくして今度はメイプルからレイヴンに質問が向けられる。
『ねぇ、レイヴンが記憶を取り戻したキッカケって何だったの?』
「? キッカケ?」
『スキルの授与式が要因なのは間違いないだろうけど、より具体的にさ』
「具体的にって、それは……」
いったい何がキッカケだったのか……?
レイヴンは忌まわしきハズレスキル【嫌がらせ】を与えられた時の事を思い返す。
――人の嫌がる事を進んでやりましょう!
脳裏に浮かんだのは、ステータス画面のスキル説明文に、備考として書かれていた一文。
それはレイヴンがまだ望月楓だったころの母親の口癖と全く同じものだ。
「そういえば……私がフラッシュバックを起こしたのは、その一文を見た瞬間だったはず」
『なるほど、スキルウィンドウの説明文にあった、母親の口癖と同じ一文ね。それが記憶を思い出すトリガーになったのだとしたら……もしかして』
レイヴンから当時の様子を聞いたメイプルが、何かに気付いた様子でポンと手を叩く。
「どうしたのメイプル? 何か思いついたの?」
『ひょっとして精霊王さまは、レイヴンに前世の記憶を取り戻して欲しかったんじゃない?』
突拍子もない事を言い出したメイプルに、レイヴンは「どういう事?」と首を傾げる。
『だって偶々スキルの説明文に、キミの記憶につながる文章が書かれているなんておかしいよ。何か意図を感じないかい?』
「意図……うーん、どうだろう?」
『【嫌がらせ】スキルはレイヴンにこの一文を見せるため与えられたのだ! ――ってこの推理、当たってるんじゃない?』
「そうかな? ただの偶然なんじゃ?」
『ぐぬぬ……名探偵メイプルちゃんの名推理だと思ったのに……』
推理をことごとく否定され、悔しそうに歯噛みするメイプル。
『じゃあレイヴンは、どうしてこんなスキルを授かったって思ってるの?』
「知らないよそんなの。【嫌がらせ】なんてハズレスキル、貰う方もだけど、与える方だって何もメリット無くない? こんなの誰も得しないスキルだとしか思えないよ」
投げやりに手を振るレイヴンに、メイプルは『ボクにはメリットあったよ』と得意満面に話す。
『だって【嫌がらせ】スキルだったからレイヴンは記憶を取り戻したんでしょ? じゃあこうしてキミと会話できるようになったのはスキルのお陰じゃん』
「いやまぁ、精霊が見えるようになったのはメリットとも言えなくはないけど……」
レイヴンは少し納得しかけて、やはり違うと首を横に振る。
「でもそれだけの理由で、こんなハズレスキルもらっても迷惑なだけだよ! お陰で世間での私の立場が無くなりそうなんだけど!?」
『まぁまぁ、それよりレイヴン、ちょっと気になったんだけど……』
憤るレイヴンをなだめつつ、メイプルは話を変える。
『レイヴンの前世の母親ってどんな人なの?』
「母さんの事? どうしてそんな事が気になるの?」
『だって『人の嫌がる事を進んでやりなさい』なんておかしな口癖じゃん。変わった人だなーって気になっちゃって』
「ふーん、まぁいいけど。そうねぇ、うちの母親は……」
――――――
――――
――
「人の嫌がる事を進んでやりましょう」
それはレイヴンの前世――望月楓――の母親の口癖だった。
これだけ聞くと彼女の母は、とんでもなく性格の悪い人間に思えるかもしれない。
だがその言葉の意味は『他人がやりたくないと思う事を、代わりに進んでやりましょう』という内容であり、決して『他人に嫌がらせをしよう』という意味ではないのだ。
楓の母の名は望月梓といい、とにかくお人好しで他人の世話を焼くのが大好きな人だった。
家では共働きなのに家事全般を一手に引き受け、職場でも頼まれたら嫌な顔ひとつせず、誰もやりたがらない仕事を進んでやっていたという。
娘である楓から見たらいいように使われているだけに思えるのだが、当の本人は「私は皆から頼りにされてるの」なんて言ってニコニコと満足そうだった。
笑顔で周りを明るくし、本人もいつも幸せそうで、誰からも愛されている……彼女の母はそんな人だった。
――人の嫌がる事を進んでやりましょう。
それは楓の母親にとって大切な言葉だったのだろう。
そんな母を彼女は……。
――――――
――――
――
(そう、母さんはそんな思いやりにあふれた人間だった。そんな母を私は――)
レイヴンはかつての母親を思い出し、彼女に対する思いを口にする。
「私は、母の事を……『とんでもなくドМな人だなぁ』って思ってた」
『ど、ドМ――!?』
豆鉄砲を食った鳩のような表情のメイプルに、レイヴンはさらに言い募る。
「だってそうでしょう? あれだけ他人に尽くせるなんて、ドМじゃなきゃ出来ないって。少なくとも私には無理。だって私ってどちらかと言うと父親似で、強いて言えばS寄りの人間かなって思うし」
ちなみに――望月楓の父親は製薬会社に務める新薬の研究者で、こだわりの強い職人気質の人間だった。
ひとつの事を突き詰めるのが得意で、自分が正しいと思う事が曲げられない頑固な性格。
そしてその気質は、見事に娘にも引き継がれていた。
「正反対……とは言わないけれど、母と私は全く違う人種って感じだったよね。幸せそうな母さんを見ていて羨ましいと思う事はまぁまぁあったけど、だからって母のようになれるとは思えなかったし、なりたいとも思わなかったかな」
『そ、そうなんだ……アハハ……』
レイヴンの母親批評を聞きながら、メイプルは思わず顔を引きつらせる。
『娘からドМ扱い……あの人も不憫だよね……』
メイプルが何かボソリと呟いたのを、レイヴンが耳聡く聞きとがめる。
「……? 何か言ったメイプル?」
『う、ううん何も! そ、それよりもさ……』
慌ててメイプルは話題を変えた。
『レイヴン、今後キミはどうしていくつもりなの? あの義父の様子を見ていたら、今後の風当たりは厳しそうだけど……?』
「うーん、そうね……」
メイプルの指摘に頭を悩ますレイヴン。
(今さらハズレスキルを嘆いたところで何も変わらない。だったらこの【嫌がらせ】ってスキルと上手く付き合っていく方法を考えないと)
世間の風当たりについては、【嫌がらせ】というバットステータスが付与されたとはいえ、聖女という地位があればすぐに悪い扱いになることもないはずだ。
だが――。
(問題があるとすれば、アイツなんだよなぁ……)
レイヴンの頭をよぎったのは、この国の王太子――クリフォード・エンバークラウン第一王子の顔。
彼女の婚約者でありながら、いつも冷たく当たってきて、レイヴンをドアマット扱いしてくる最低の男だ。
(あの王子さま、婚約者である私の事を毛嫌いしてるからなぁ。ハズレスキルを授かった事を好機に、どんな酷い態度されるか分かったもんじゃないよね……)
悩むレイヴンの心に浮かぶあの一文。
――人の嫌がる事を進んでやりましょう!
彼女の母はその言葉を『人がやりたがらない事を代わりに進んでやりましょう』という意味で語っていた。
だが――。
(私に母さんのような生き方は無理だよね。だったら……)
だったら今のレイヴンに取れる方向性は一つだけだ。
「――決めたよメイプル。今後の対策」
決意を込めた表情で顔を上げたレイヴンに、メイプルが尋ねる。
『そうなんだ。どうする気なのレイヴン?』
「今後の状況がどうなるか、今はまだ分からない。けど何があっても私はこれ以上自分を曲げたくないの。そのためにも、ハズレスキルだろうが使えるものは使っていくつもり。だから『人が嫌がる事を進んでやりましょう』じゃなく――」
レイヴンは拳を握り、今後の意気込みを声高に語る。
「『敵の嫌がる事を進んでやってやる!』これが今後のスタンスね!」
『な、なんてドSな方向性――!』
メイプルは思わず天を仰いだ。
胸の前で手を組み、見ているかどうかも分からない上司にお伺いを立てる。
(精霊王さま……この子に与えるスキル、間違ってませんか?)




