2話 ひろ〇きから『論破』と『冷笑』を学んだZ世代の日本人!
「レイヴン! 貴様のせいで大恥をかいたではないか!」
当主の部屋へ入った途端、義父であるヴァンキッシュ伯爵の怒声が響いた。
「【嫌がらせ】だと? 何だその性悪なスキルは!? お陰で社交界では貴様の事を『聖女ではなく悪女だろう』 なんて噂になっておるのだぞ! 笑いものになる聖女なぞ、これまでいなかっただろう! これでは貴様を育ててやった甲斐がない!」
鬼の形相で詰め寄って来る義父に、思わず身を固くするレイヴン。
あわや殴られるのではないかという距離で、伯爵はさらに非難してくる。
「わざわざお前のような平民を、我が家に引き取った理由は分かっているだろう! 貴様が将来聖女になって、一族の名誉になると思ったからだ! なのにこれでは名誉どころか、ヴァンキッシュ家の面汚しではないか! 大体お前の性根が腐っているから、精霊様もこんなゴミのようなスキルしか授けてくれなかったんじゃないのか! だいたい貴様は――」
まだまだ続く義父の罵声。
最初は驚いたレイヴンだったが、長い罵倒に徐々に冷静さを取り戻していく。
(あー、そういえばこういう人だったわ、ウチのお義父さま……)
娘を娘と思っていないような横暴な態度。
プライドが高く、物事が自分の思うとおりにいかないとすぐにキレる。
義父のそのような振る舞いは、レイヴンにとっていつもの日常だ。
(威圧すれば思い通りになる、そう思われてるよね私)
レイブンから見たギルバート・ヴァンキッシュ伯爵という人物は――
伯爵家の当主である事をアイデンティティにしている。
貴族として選民意識が強く、平民に対する蔑視が強い。
野心が強く、周囲の人間を自分のためにどれだけ役に立つかで測る。
――そういった利己主義的な人間だ。
レイヴンの事も『所詮平民だが聖女として使える娘』程度に考えているに違いない。
……要するに最低の父親なのだ。
(昨日までの……何も知らない私なら、お義父さまの言う事が正しいと考え、至らない自分を責めていたかもしれない)
だが今のレイヴンは前世である望月楓であった頃の記憶を取り戻している。
(前世の日本人だった頃の倫理観からすれば、この義父は間違いなく毒親。暴言で子供を否定し自信を奪う、心理的虐待の常習犯だよ)
社会福祉学的な観点から、レイヴンは義父のことを敵だと認定する。
そのとき――ピコンッという音と共に、また勝手にスキルウィンドウが立ち上がった。
「――っておいレイヴン、聞いているのか!?」
「あ、はいお義父様……」
ヴァンキッシュ伯爵に生返事を返しながら、レイヴンはスキルウィンドウに意識をやる。
――――――――――――――――――――
ギルバート・ヴァンキッシュに【嫌がらせ】を使用しますか?
はい いいえ
――――――――――――――――――――
(ひょっとしてこれがスキルの効果? 人に嫌がらせなんていけない事だけど……まぁ毒親だし、一度試してみようかな?)
そう決意したレイヴンが『はい』の表示に触れると、一度消えて新しいウィンドウに切り替わった。
――――――――――――――――――――
ギルバート・ヴァンキッシュに最も効果的な嫌がらせを提案します。
その方法は――
――――――――――――――――――――
そこに書かれていたのは、スキル名通り『一番効果的な嫌がらせの方法』だ。
(嫌がらせって……これってただの論破じゃない? お義父様の性格を考えたら、確かに嫌がりそうな行動だけど……)
あまりにもしょうもない効果に、気が動転するレイヴン。
(え、これだけ? こんな地味な嫌がらせ方法を知れるのが、私が授かったスキルなの? この程度ならお義父様の事を少しでも知っていれば、すぐにでも思いつきそうなことだし……。ちょっと待ってこれ、まごうことなきハズレスキルだよ!)
心の中で嘆いていると、追い打ちのようにヴァンキッシュ伯爵からの罵声が飛んでくる。
「おいレイヴン、何をボーっとしている!? いい加減にしろこのクズが! 聖女とはいえ所詮は平民の出、下劣な血に似合うのは、下劣なスキルという事だな!」
(こ、このクソオヤジ! 仮にも娘に言うような台詞じゃ無いでしょ! ……もういい、もう分かった)
あまりの義父の態度に、レイヴンは覚悟を決めたようだ。
(こちとら前世はひろ〇きから『論破』と『冷笑』を学んだZ世代の日本人! 【嫌がらせ】スキルの提言通り、見事に論破してやろうじゃない!)
……どうやら彼女、前世はひ〇ゆきッズだったらしい。
毒親を論破してやるべく、ひとまず義父に頭を下げる。
「申し訳ありません、お義父様。私が至らぬばかりに」
「フン、その通りだ! 全ては貴様の責任だぞ、レイヴン!」
「ええ、分かっております。常日ごろ言い聞かされておりますもの。お前は平民だからダメなんだと」
神妙な面持ちを保ちながら、言葉を続けるレイヴン。
「ですが……おかしいですわね? 平民出身の聖女はこれまでにもいて、皆立派な聖女として役目を果たしたと聞いております。なのにどうして私だけがこんなハズレスキルを授かったのでしょう? 私が元平民だからというだけでは説明がつきませんわ。わたくし、他に原因があると思うんです」
「……原因だと?」
訝しみ聞き返す義父に、彼女は満面の笑みで応じる。
「そうですわね、例えば……育った環境が悪かったとか?」
「なっ――!?」
思わぬ反論に面食らい、反射的に仰け反るヴァンキッシュ伯爵。
構わず煽るように両手を広げ、レイヴンは言葉を続ける。
「思えばわたくし、お義父様から一度も褒められたことがありませんでしたわね。口を開けば『元平民なのだからわきまえろ』と言われるばかり。家族としての愛情など、露ほどもお持ちではないのでしょう?」
「お、お前――何を言っている!?」
怒りで目を吊り上げる伯爵に、負けじとレイヴンも相手の目を睨み返す。
「当主であるお義父様がそのような態度ですもの。わたくし、使用人たちからも敬わなくてもよい人間としてぞんざいに扱われてまいりました。――なるほど、このようなハラスメントが横行する家で育ったのですから、確かにわたくしには【嫌がらせ】というスキルがお似合いなのかもしれませんね」
「こ、このっ!」
激昂したヴァンキッシュ伯爵が腕を振り上げた。
(殴られる――!?)
反射的に目を閉じて身構えるレイヴン。
だが――伯爵の振り上げたこぶしが、振り下ろされることはなかった。
「……あらお義父様、殴らないんですの?」
一度は身構えたものの、予想通りの展開に余裕を取り戻したレイヴン。
拳を震わせ固まってしまった伯爵に対し、皮肉な笑みでさらに煽る。
「まぁそれも仕方ありませんわね。いくら平民と蔑もうが、精霊教を信仰する我が国において聖女とは権威の象徴。そのような相手を殴って怪我でも負わせてしまったら、聖女に対する暴行が証拠として残り、大変な事になってしまいますもの」
「――ぐっ!」
「だからこそ証拠が残らないよう、これまで虐待は暴言のみ、せいぜいが食事を抜くと言った程度で収めてきたんですよね?」
口元に手を当て、嘲るようにクスリと笑うレイヴン。
「なんともまぁ、小心なお義父様らしい嫌がらせですわ」
「き、貴様……!」
図星を刺された伯爵は、怒りで顔をゆがめながら、扉を指差しレイヴンを怒鳴りつける。
「で、出ていけレイヴン! 今すぐ目の前から消えろ!」
「――承知いたしました、お義父様」
流麗なカーテシーから踵を返し、レイヴンは伯爵の部屋を出た。
バタン――と後ろ手に扉を閉めると、思わず笑みがこみ上げてくる。
(あーすっきりした! うぷぷ、お義父様の苦虫をかみつぶしたような顔ったら! 今まで何も言えなかった分、言いたいこと言って清々したよ!)
晴れ晴れとした気持ちで自室に向かう彼女。その足取りは軽い。
と、そこへ頭上から声が降ってくる。
『大丈夫かい、レイヴン?』
「って、さっきの精霊!?」
現れたのはヴァンキッシュ伯爵に呼ばれて以降、姿を消していた精霊のメイプルだ。
「アンタどこ行ってたのよ? 聞きたいことがいっぱいあったのに」
『そんな事よりレイヴン、本当に大丈夫かい?』
「……? 大丈夫って何が?」
理解ができずに聞き返すと、精霊は心配そうにレイヴンの顔を覗き込む。
『だって君、泣いてるじゃないか』
「……へ?」
言われて顔に手をやると、何故か頬が濡れていた。
どうやらレイヴンは、自覚のないうちに涙を流していたようだ。
(これって…………ああ、そういう事か……)
スキルを授かる前の自分を思い返す。
前世を思い出す前のレイヴンは、義父の言う事が絶対だと思っていた。
平民出身の自分が貴族であるヴァンキッシュ伯爵に逆らってはいけないと。
そして……自分が頑張って立派な聖女になれば、きっと義父や周囲のみんなも、自分を認めてくれるはずだと信じていたのだ。
(この涙はその頑張りが報われなかったことに対する悔恨の情。いつか真っ当な家族になれると期待して、何一つ叶わなかった事に対する悔し涙)
涙をぬぐうと姿勢を正すレイヴン。
(泣くな私。もう分かっているでしょう、あの男に何かを期待しても無駄だって。お花畑な目標を掲げるのはやめて、現実を見なさい。そして今やるべきことを考えるの)
そうして考えを巡らせると、レイヴンは頭の上の精霊に向き直る。
「アンタ……メイプルって言ったっけ? まずは現状確認ね、詳しく話を聞かせてもらうから」




