1話 人の嫌がる事を進んでやりましょう!
よろしくお願いします。
「レイヴン・ヴァンキッシュ様の授かったスキルは――【嫌がらせ】です!」
荘厳な神殿に響く神官の言葉。
その内容に令嬢レイヴンの思考が一瞬停止する。
(い……嫌がらせ? なんですのその陰湿な印象のスキル名は?)
声を荒げてしまいそうになるのを抑え、何とか冷静を保とうとするレイヴン。
そんな彼女の代わりに、隣にいた義父――ギルバート・ヴァンキッシュ伯爵――が勢いよく壇上を上がり、動揺のまま神官を怒鳴りつける。
「な、なんだそのスキルは!? いったいどんなスキルなんだ!?」
「わ、分かりません。これまでに聞いたこともないスキルなので……」
「分からないだと!? そんなスキルを娘は授かったと言うのか!?」
伯爵に詰め寄られた神官も戸惑っているようで、あわあわと両手を宙に迷わせている。
彼にとっても【嫌がらせ】というスキルには覚えがないらしく、あいまいな返答をするのが精いっぱいのようだ。
その状況に、ザワザワと周囲からざわめきが聞こえ始めた。
「い、嫌がらせ? 何なんだその不穏なスキルは……?」
「スキルというのは精霊の祝福のはず……なのに何でそんな……?」
「これじゃ聖女じゃなく悪女じゃないか……」
「レイヴン様……どうして……?」
聖女のスキル授与式を見守ろうと集まっていた観衆たち。
彼らから聞こえてくるネガティブな声に、レイヴンは心臓がキュッと縮んだような錯覚を覚えた。
(どうしてですって? そんなのわたくしが教えて欲しいですわ!)
――黒髪は精霊の祝福を受けた証であり、16歳の誕生日になると特別なスキルを与えられる。
これはこの国――エンバー王国で語り継がれる言い伝えだ。
そんな由緒ある黒髪を持つ彼女は、生まれてすぐに教会から聖女候補と認定された。
エンバー王国では実に三百年ぶりの聖女誕生――。
生まれは平民であったが、物心つく前に貴族の養女として引き取られる事となる。
(ヴァンキッシュ伯爵家の令嬢となってから、わたくしなりに頑張ってきたつもりですわ。なのに――)
貴族令嬢となった後は、慣例に倣い聖女として王太子と婚約。
『将来は王妃となり、この国を守るのがお前の役目だ』と言い聞かされて育った彼女。
聖女にふさわしい人間になれるよう、教養や礼儀作法、魔術の勉強など、16年間必死に努力を積み重ねてきたのだが……。
(――なのにその努力の先にあったのが【嫌がらせ】? まるで悪役令嬢のようなスキルじゃありませんの? こんなの不本意にもほどがありますわ!)
前で組んだ手に力が入り、ぎゅっと強く握られる。
マナー教育で培ったポーカーフェイスを駆使しているが、内心では憤りが収まらないようだ。
そんなとき――。
――ピコンッ!
電子音に似た音と共に、彼女の目の前に光る板が浮かび上がった。
(な、何ですのこれ?)
彼女は知らないだろうが、これは俗にいうスキルウィンドウと呼ばれるものだ。
元はビデオゲームのUIで、エンタメの異世界ものと呼ばれるジャンルでは定番のアレである。
(ひょっとしてこれが私の授かったスキル……?)
ウィンドウを覗き込むと、そこにはスキルの詳細が書かれていた。
――――――――――――――――――――
【スキル】嫌がらせ
相手に効果的な嫌がらせが出来るようになる。
――――――――――――――――――――
(な、何ですの、この効果は!? 言葉のままじゃない!)
レイヴンが思わずツッコミを入れてしまうくらいストレートなスキル性能だった。
さらに下の項目へと目を落とすと……。
――――――――――――――――――――
備考…人の嫌がる事を進んでやりましょう!
――――――――――――――――――――
レイヴンの目にその文字が映った瞬間――ガンッと後頭部を殴られたような痛みが走った。
身に覚えのない記憶が一気に押し寄せ、情報の波に脳が揺らされ、視界が歪み、意識が遠くなってゆく。
そして――世界が暗転し、レイヴンの意識は追憶の渦に飲み込まれていった。
――――――
――――
――
夢を見ていた。
小さな私に向かって母が言った。
「人の嫌がる事を進んでやりましょう」
人の嫌がる事?
意地悪するの?
そう聞くと母は「そうじゃないよ」と笑う。
どうやら『人に意地悪しよう』という意味ではなく『人がやりたがらない事を代わりにやってあげよう』という意味らしい。
「そうやって人のために頑張ってると、自分も幸せになれるんだよ」
そう言う母は、いつも幸せそうに笑っている人だった。
――――――
――――
――
気付くとレイヴンは自室のベットで横になっていた。
「えっと……確か私は……」
身を起こしながら、自分に起こったことを振り返る。
(そうだ、16歳の誕生日に神殿に行き、スキル授与式で【嫌がらせ】なんていう性悪なスキルを授かって……。いえ、そもそも私はレイヴン・ヴァンキッシュ? 望月楓じゃなくて?)
先ほどまで見ていた夢を思い返すレイヴン。
――人の嫌がる事を進んでやりましょう。
あれは彼女の母親――ここではない、別の世界の母さんがよく言っていた台詞だった。
(――そうだ、私は日本という国の大学院生だった。卒業を控えて就職も決まり、これから独り立ち出来ると思っていた矢先に――)
交通事故で死んだ記憶がフラッシュバックし、思わず身を震わせる彼女。
日本で過ごしていた記憶と、自分の現状をあわせて考えこう推論する――。
「……これってまさか、異世界転生ってやつ?」
ラノベやアニメで見たお約束が、自分の身にも起きたという事だろうか?
彼女がそう自問していると――。
『うん、そうだよ。日本人の望月楓は君の前世。今の君はヴァンキッシュ伯爵家のご令嬢レイヴンさ』
何故か答えが頭上から降ってきた。
あわてて声のした方へ視線を向けると――手のひらサイズの羽の生えた少女がそこにいた。
『やあレイヴン。本当に前世の記憶が戻ってるみたいだね』
「な、何なのアンタ? よ、妖精さん?」
『プークスクス! 妖精だなんて夢見がちな子供じゃあるまいし』
「なっ!?」
笑われて憤るレイヴンに対し、その妖精のような姿の少女は自己紹介を始める。
『ボクの名前はメイプル。妖精じゃなく精霊だね』
「せ、精霊様!? あなたが……?」
『そうそう、君ら人間が崇めているあの精霊さ』
この世界では精霊は信仰の対象であり『精霊教』と呼ばれる宗教が一般的だ。
そんな神聖な存在であるはずの精霊が、何故か目の前に現れた事に戸惑いをみせるレイヴン。
「そ、その精霊がどうして私の前にいるの?」
『突然現れたわけじゃないさ。ボクはずっと君の傍にいたんだよ。姿が見えるようになったのは、前世の記憶が戻った影響らしいね』
「ど、どういう事?」
分からない事だらけで質問を重ねるが――。
『ん~色々と説明してあげたいけど、どうやら今は時間がないようだね』
――コンコン。
ノック音が聞こえて扉が開く。
現れたのはヴァンキッシュ家のメイド長だ。
「お目覚めになりましたかお嬢様。旦那様がお呼びです」
そう促されたレイヴンは、メイド長に連れられて義父――ギルバート・ヴァンキッシュ伯爵の部屋へと向かう事となった。




