38話 誰よりも立派な聖女になってみせます!
「私が正しいはずなのに! 正しい事をしているはずなのに! どうして上手くいかないんだ!」
「お義兄さま……」
頭を抱えて悲痛な表情を見せるルシアンに、僅かな憐憫を感じてしまったレイヴン。
だが吹っ切るように首を横に振り、視線を義兄から外す。
そして――。
「クリフォード様! ノア様! ご無事ですか!」
レイヴンは二人の名を呼びながら、戦い終えた彼らの元に駆け寄った。
「大丈夫だレイヴン、心配ないよ」
「フンッ! 僕があんな連中に負けるわけがないだろう」
二人の元気な返事を聞き、一気に安堵が押し寄せる。
「良かった……二人とも無事で本当に良かった……」
そして――安堵とともにレイヴンの中に生まれた感情があった。
「……ローランド様、ノア様、聞いてください」
まだ自分の事情に巻き込んでしまった罪悪感はある。
だがそれ以上に、己を顧みず助けてくれた、二人に対する感謝の気持ちが溢れてくる。
「私のために駆けつけてくれて、本当にありがとうございます」
心の底からの感謝の気持ちと、素直にお礼を言えた喜びの気持ち。
感謝の言葉は、言われた方だけでなく、言った方も温かい気持ちにさせてくれる。
その時のレイヴンの晴れ晴れとした笑顔は、まさに聖女と呼べる眩しさで――。
「あ、ああ……君が無事でよかった……」
「フ、フン……僕は好きにやっただけだ……」
お礼を言われた二人とも、その笑顔に思わず見惚れてしまったようで、赤面しながら返事を返した。
そして――。
「なっ……何だその笑顔は……?」
ルシアンの方はあり得ないものを見たかのような、真っ青な顔をレイヴンに向ける。
「な、何で……どうしてお前はそんな風に笑えるんだ?」
「は? お、お義兄さま、何を言って……」
「だってお前は――人形だっただろう! 何を言っても人形みたいに、死んだような眼をしていただろう! なのにどうして――!」
「それは……だって……」
思い返せば確かに、今までのレイヴンはまるで人形のように生きてきた。
義父に言われるがまま、自分の気持ちを押し殺して。
だけどそれは――。
(もしかしてお義兄さまは……)
何となく自分を嫌う義兄の気持ちが分かってきた。
思わず義兄に憐憫の目を向けるレイヴン。
それがルシアンの気持ちを逆なでする。
「くそっ! くそっ! くそぉおおおおおおっ!」
自暴自棄になったルシアンがレイヴンに襲い掛かった。
だが――。
「させるか!」
――バチバチバチッ!
「ぎゃああああああっ!」
ノアの放った魔法によって、感電したルシアンが崩れ落ちる。
「お義兄さま……」
部下はおらず、雇った連中からも見捨てられ、一人無様に倒れる義兄。
その姿に、命を狙ってきた相手とは言え、同情を禁じ得ないレイヴン。
すると――。
――――――――――――――――――――
ルシアン・ヴァンキッシュにもう一度【嫌がらせ】を使用しますか?
はい いいえ
――――――――――――――――――――
またレイヴンの目の前にスキルウィンドウが立ち上がった。
少し視線を泳がしたあと、そっと『はい』のボタンを押す。
――――――――――――――――――――
ルシアン・ヴァンキッシュに最も効果的な嫌がらせを提案します。
貴女がいま感じている気持ちを、素直に彼に話しましょう。
今の彼にはそれが一番の嫌がらせになるはずです。
――――――――――――――――――――
(こ、これって……)
新たなウィンドウに表示されていたのは、いつもに比べて短い文章。
だが今までで一番分かりやすい、シンプルな嫌がらせの方法だった。
(私の気持ちを正直に……)
言われて内省するレイヴン。
そうしているうちに、ガシャガシャと鎧を着た人間の足音が、大勢でこちらに迫ってきた。
「ローランド様! 大丈夫ですか!」
現れたのはバーナード公爵家の紋章を付けた兵士たち。
教会を鎮圧していた彼らが、騒動を聞きつけてやって来たらしい。
その様子を見たローランドが、レイヴンの肩にポンと手をやる。
「レイヴン、彼らには私が説明しておくよ。だから君は……お義兄さんと話をしておくんだ」
「ローランド様……」
「きっと、これが最後になるだろうからね……」
「…………」
そうしてバーナード私兵騎士団の方へと向かうローランド。
その背中を見送ったあと、レイヴンは義兄に向き直る。
「ぐぐぐ……おのれレイヴン……!」
「お義兄さま……」
未だに体がしびれ動けないルシアンは、床に倒れたままレイヴンを見上げる。
「――く、くそっ! こ、これで満足か? 私の無様な姿を見て、これで満足か?」
「お義兄さま、私は……」
今の気持ちを正直に――。
レイヴンは義兄に己の想いを告げる。
「私は――貴方を尊敬していました」
「は? な、何を言って……」
「お義父さまはいつも言っていました。『ルシアンは伯爵家の長男として立派に育った。お前も義兄を見習え』と。だから私はお義兄さまを目標に生きてきました」
傍若無人な義父に対し、義兄であるルシアンの存在が彼女の指標になっていた。
「お義兄さまのようになれば、義父に認めてもらえる。お義兄さまや家の者からも、家族として認めてもらえると。そう信じて努力してまいりました」
「レ、レイヴン、お前……」
「ですが……それは間違いだったようです」
「…………」
「お義兄さまは私の事を嫌っていると仰った。憎んでいると仰った。だけど……本当は違いますよね?」
レイヴンは義兄に、本当の気持ちを尋ねる。
「お義兄さまが本当に憎んでいるのは、私ではなく私を通して見えてくる自分。お義兄さまは……自分がお嫌いなのですね?」
「お、お前……」
「安心してください、お義兄さま。私はもう、貴方を目指しません。私は、私のなりたい自分になります。私の目指すのはキラキラと素敵で自立した女性――いえ……」
レイヴンは短く首を横に振り、改めて自分の理想像を思い浮かべる。
「自分の意思で生きていけるくらい自立していて――」
――それは自信に満ちたノアのように。
「他人を助ける事ができるくらい強くて――」
――それは優しさに満ちたローランドのように。
「周りから助けてもらえるくらい愛されていて――」
――それは幸せに満ちた前世の母親のように。
「私が目指すのはそんな女性です」
――それこそが今のレイヴンの理想像。
「私は――誰よりも立派な聖女になってみせます!」
「――――っ!」
彼女が語る理想に思わず息を呑むルシアン。
偽物の聖女と蔑んでいた義妹。
だがその姿はまるで本物の――。
「ですからお義兄さまも、自分のなりたい自分を目指してください。さようなら――」
そう言い残してレイヴンは立ち去る。
入れ替わりにバーナード私兵騎士団がルシアンの元へ駆け寄る。
彼らによって拘束されるルシアン。
「うっ……ぐっ、ぐぅっ……」
捕らえられたルシアンの、食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。
信仰心――。
恐怖――。
正義感――。
憎悪――。
諦観――。
自己嫌悪――。
羨望――。
後悔――。
これまで感じてきた様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う
そして――。
「がぁあああああああ――っ!」
彼の上げた咆哮が、夜の闇に広がり溶けていった。




