34話 「ごめんなさい」が、人を傷つける言葉だったなんて
もうすっかり深夜となり、人のいなくなった大通りを歩くレイヴンとローランド。
公爵家へと向かう二人の間には、重苦しい空気が漂う。
(き、気まずい。結局迷惑かけちゃったよね。な、何か言わないと……)
レイヴンが必死に会話の糸口を探していると……。
「……私は、あの、ノア司祭が嫌いだ」
「へっ?」
隣を歩くローランドからの突然の告白に、思わずおかしな声を挙げてしまったレイヴン。
「正しくはさっき、嫌いになったというべきかな。私は、彼には絶対に負けたくないと思っている」
「は、はぁ……」
思いもしない方向性の話題に、レイヴンは戸惑いが隠せない。
男同士、それも同じ女性に行為を抱く者同士。
そんな微妙な関係を――メイプルから鈍感系と言われてしまうレイヴンには、まだ理解ができないようだ。
ローランドは正面を向いたまま、レイヴンとは目を合わせず話を続ける。
「そう思っている私だけど……彼の気持ちは分かるんだ。レイヴン、君はさっきノア司教に『ごめんなさい』って言ったよね?」
「それは……はい……」
「彼は君を助けたかった。だけどそんな風に謝られてしまったら、助けるという行為が迷惑だったという事になってしまう」
「そ、そんな! 私、そんなつもりじゃ……」
わたわたと慌てた様子で言い訳をするレイヴン。
そんな彼女に僅かに目線をやると、ローランドは目を細めて空を仰ぐ。
「そうだね、君にそんなつもりはなかった。君はただ本当に、人に迷惑を掛けたくなかっただけなのだろう」
「は、はい、そうです……」
「だけど……正直言って、私にはその『迷惑を掛けたくない』という気持ちが分からない」
「……えっ?」
分からないとハッキリ言われ、レイヴンは困惑した声を上げた。
ローランドは神妙な面持ちのまま、自分の気持ちを吐露する。
「私は周囲からよく『お人好し』だとか『お節介』なんて言われてしまう人間だ。その指摘の通り、自分の事よりも他人の事が気になって仕方がない、そういう性分だと自覚している」
きっとそれは、彼が王の庶子という微妙な立場のせいだろう。
他人の顔色を窺って、相手の望むものをいち早く察する。
そうやって生きてきたせいで、自分を測る物差しが、他人の目や評価になってしまっているのだ。
「他人の役に立ち、他人から求められる事でようやく自分を認められる。そういう主体性の無さが自分の悪いところなんだろう」
「ロ、ローランド様……」
「そういう人間なんだという自己認識は出来ているつもりだ。だからこそ――君の『周りに迷惑を掛けたくない』という気持ちが、私にはあまりよく分からない」
レイヴンには共感できない――ローランドの話はそこへと戻ってくる。
「私にとって人を助ける事は当たり前のこと。だから私が困ったときもきっと、周りの人たちが同じように助けてくれるに違いない。そんな風に考えるんだ。だから『助けて』を言えない君の気持ち、私にはよく分からない」
「…………」
「でも……」
僅かに逡巡した後、ローランドはレイヴンへと目線を向ける。
「相手の事が分からないのは、君も同じなんじゃないかな?」
「えっ?」
「君にだって私の気持ちが分からないんじゃないか? 私の『自分の事より人を助けたい』という気持ちが、君に共感できるかい?」
「それは……」
言われて考え込むレイヴン。
思えば確かに、ローランドや前世の母親など、自分を顧みずに他人に尽くそうとする人間の感情は分からない。
レイヴンにとってその感情は、心理学的な把握は出来ても、共感は出来ないだろうと感じる。
「私達は別の人間だ。お互いの考え方が共感できなくても仕方がない。ただ、理解はしていきたいと思う」
「理解……ですか?」
「レイヴンの考えを理解して、君が『一人で頑張りたい』というなら、私はそれを尊重しよう。君が一人の時間を求めるなら、私は何もせずただ見守ろう。だけど……」
足を止め、レイヴンの手を取り、正面から目を合わせてくるローランド。
その真剣な表情に、レイヴンの心臓がドキリと跳ねあがる。
「お願いだレイヴン。君が本当に困ったときは、私に君を助けさせて欲しい。私の『助けたい』という気持ちも尊重して欲しい。そしてその時には『ごめんなさい』ではなく『ありがとう』と言って欲しいんだ」
「あ……」
切実なローランドの訴えに、頭が真っ白になるレイヴン。
当たり前のように発していた「ごめんなさい」が、人を傷つける言葉だったなんて考えもしていなかった。
「私は――」
ぐちゃぐちゃとなった頭で、何とかレイヴンが言葉を紡ごうとしたそのとき――。
突然グイッと手を引かれ、彼女の体がローランドの腕の中に納まった。
彼の顔が目の前にある状況に、レイブンは瞬時に混乱する。
「ロ、ローランド様!? 何を――」
だが言葉が終わるより早く、彼女を抱いたままローランドがその場から飛びのいた。
――ゴロゴロゴロっと地面に転がる二人の体。
次の瞬間――。
――ドゴォオオオオンッ!
大きな音とともに、先ほどまで二人が立っていた地面が爆発し、火柱が上がった。
魔法だ。炎の魔法が使われたらしい。
道の先に目をやると、こちらに手を翳して構える男がいた。
「ちっ、外したか」
「あ、貴方は昼間の――!?」
その男は昼間に襲ってきた、暴漢たちの中にいた魔術師だった。
確かローランドに倒されて、衛兵の詰所へ連行されていたはずだ。
何故ここにいるのかと疑問を浮かべていると、その後ろからまた別の男が現れた。
「フフフ、まだ無事だったとはなレイヴン」
「お、お義兄さま――!」
それは紛れもない、レイヴンの義兄であるルシアンだった。
さらにはぞろぞろと、冒険者のような装備をした男たちが後ろに並ぶ。
「冒険者? ……いや違うな。もしかして冒険者くずれを雇ったのか?」
身を起こしたローランドが警戒の声を上げた。
冒険者くずれとは、問題を起こして冒険者の資格をはく奪されてしまった連中の事だ。
冒険者以外の仕事に就くことを良しとせず、冒険者ギルドを通さずに勝手に依頼を受ける者たち。
ギルドの審査もない仕事は犯罪まがいの内容ばかりで、結果罪人として指名手配されてる者も多いと聞く。
そのような連中を雇うのは、貴族としては当然問題になるのだが――。
「一緒にいるのはローランド王子ですか。まさか貴方がレイヴンの味方をしているとは、何を考えておられるのやら」
そんな事は気にした様子もなく、悠々とした態度で語りかけてくるルシアン。
レイヴンを背に庇いながら、ローランドは彼を睨みつける。
「貴公こそ何を考えている? 聖女に刃を向けるなど、精霊教を奉ずる我が国ではあり得ない行動だぞ」
「おやおや、貴方も騙されているのですね。ソイツはただの聖女もどきですよ」
「なっ!」
ルシアンの悪意ある台詞に、思わず絶句すローランド。
義兄から向けられた憎悪に、レイヴンもまた狼狽が隠せないようだ。
「お、お義兄さま、どうして……」
「フフフ、決まっているだろう。レイヴン、貴様を偽物の聖女として処分するためだよ」
「そ、そんなっ!?」
驚愕するレイヴンの表情を見て、ルシアンはニヤリと口角を上げる。
「アハハ、その恐怖に歪む顔、いいじゃないかレイヴン。能面のようないつものお前とは違って、実に人間らしい表情だ」
「お、お義兄さま……そこまで私の事を嫌っていたのですか……?」
縋るように問うレイヴンに、悦楽に満ちた笑顔で返すルシアン。
「ああそうだ。お前の事は嫌っているし、憎んでいるとも」




